第6話 共同作業
「……ん、いきなりっ……だめっ……もうちょっと奥ッ……」
「わ、わるい……こ、こうか?」
もう、どれくらいの時間が経っただろうか。
時間も忘れて、没頭していた。
「そう、そこっ……あぁっ、良い感じ……♡」
「よし、そろそろ慣れてきたな。一気に奥進むぞ」
「――あぁっ、いきなり激しッ……でも、悪くないかもッ――」
冷房の効いたネカフェのカップルシート。
俺たちは、茹るような熱の中に居た。
俺たちの心をつかんで離さない、炎の中に。
「湊くん、一緒にイこ、私に合わせてッ!」
「――くっ、こっちも結構限界だが……了解! タイミングは良い感じに合わせるから好きな時にぶちかませっ!」
クライマックスに向けて、高まっていく鼓動。
一秒たりとも気の抜けないせめぎ合い。
耐えて、攻めて、耐えて、攻めての繰り返し。
そして、その先に――
「いっけえぇええええええええええええええええええええええ!!!!!」
「ここだあぁああああああああああああああああああああああ!!!!!」
荘厳なファンファーレとともに、個室内にあるただ一つのディスプレイに、「ステージクリア」の文字が浮かび上がる。
そう、ここが俺たちの到達点。
「やったね湊くん! 二人で超級勝ったよ! これで限定アイテムゲット、ついに、ついにだぁ~嬉しすぎるよぉ~!!!!」
コントローラーを片手に持ったまま両手を上にあげて喜ぶ女子生徒——宇垣若乃(うがき わかの)。
俺も一息ついて安堵する。いつの間にか肩に力が入っていたようで、得も言われぬ解放感に包まれる。
何気なく注文したオレンジジュースを一口飲んでから、スマホを開いた。
――うげ、もうここに来てから1時間半も経ってる。
「やっぱここは制限時間との闘いだな。一人じゃ相当火力だせない限り時間内に倒しきれない」
俺たちが挑んだのは「EU」内でも登竜門と言われるダンジョン「暗がりの山窟」。モンスターと化した凶暴な植物とオークたちが跋扈する一方通行のダンジョンのため、タンク(前衛)とサポート(後衛)のコンビが推奨される。
宇垣のジョブはタメ必須の攻撃呪文や回復を得意とする「詠唱魔導士」。小型の敵がひたすら突っ込んでくるこのダンジョンを一人で踏破するのは厳しいだろうな。
……
…………
…………………
いやいや。
そうじゃないだろ。俺よ。
「いや~湊くん改めてありがとね、今時暗がりの山窟なんかでパーティ募集かけても効率悪いから誰も手伝ってくれなくてね。でもでもここのクリア報酬の限定アイテムだけは絶対欲しくてさ。ホント助かったよ~」
「あ、あぁ、どういたしまして」
違う違う、そうじゃない。
脳内で聞きなじみのある曲が流れてきそうだよ。
なんで俺が、見知らぬ女子生徒とネカフェにきて、辞めたはずのMMORPG「EU」を一緒に仲良くプレイしてるんだって話だ!
血の涙を流す俺に宇垣——ここにくるまでの道中で教えてもらったが隣のクラスの子らしい――が右手を掲げてこちらに向けていた。
「はい、湊くん」
「?」
今にもイェーイと言いそうな雰囲気である。ラッパーか?
「ほーら、はいっ」
「……え?」
「はい」って言われても分からない。俺は心底困惑した表情を浮かべた。
宇垣はちょっと恥ずかしそうにしながら俺の右手を指さした。
「も、もーハイタッチだよ、ハイタッチ。初コンビの快挙を祝お?」
あ。あぁ。そういう……
あれ、ハイタッチっでどうやってやるんだっけ。
「初コンビで初クリア、めでたいいぇ~い。」
「い、いぇーい……」
やっぱりラッパーか?
そう思いながら手と手を弾けさせるとパチン、と渇いた良い音がした。
俺の心が、何かで潤うのを感じる。
気恥ずかしさから、話題をとっとと本題に移すことにした。
「じゃ、とっとと配合済まそうぜ。あんまり長いしても延長料金かかるしさ」
「あっ、それもそうだね、確か2時間パックだったもんね」
そうそう、躊躇せずにカップルシート押さえちゃう「無意識に男子落としちゃう」系女子のアナタが設定した時間ですよ。
ちゅー、とストローでカルピスを飲む宇垣を横目に、ディスプレイに目を向け直す。ダンジョンクリア後のムービーを終えたところだったようで、そのまま宿波町に戻る。
そして商店街の怪しいテントに向かうと、――「配合」モードに入る。
「あんっ、やだカルピスこぼしちゃった……ごめん湊くんティッシュ取ってもらえる?」
「ん? 良いけど……って――」
白濁液が彼女の制服の胸元に小さな水たまりを作っていた。宇垣の唇周りにも白い液が少し垂れている。
何だこの扇情的なビジュアルは。わざとか!? わざとなのか!?
「あひがとぉ~」
カルピスを口に残したまま喋るんじゃありません! 余計怪しい感じに見えるでしょうが!!!!
内心の荒ぶりを必死に抑えながら俺はティッシュを手渡した。
いかん、話がぶれて仕方がない。元々宇垣の依頼はこれだったんだからとっとと済ませて帰らないと俺の理性が……。
「あー、その、勝手に配合の準備進めとくけど、良い?」
「うん、いいよぉ。好きなやつ選んじゃって。あ、でも初めてだからテキトーなのは無しね」
「へいへい」
つくづく意味深な言葉をいいやがるぜ。
扇情的な宇垣からなんとか目を逸らして、ディスプレイの中――EUの世界の中に意識を集中させる。
『配合したいアイテムを選んでください』
見慣れたシステムMSGを見ながら、俺は適当にアイテムを選ぶ。
『通信相手の選択をお待ちください……』
ぐるぐる回るロード待機画面で俺は思考をさかのぼる。
一時間半ほど前。
俺が心臓をバクバクさせながらこの部屋にやってきた時のことを思い返しながら――
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