第4話 閑話

「できれば二人だけで話したいから、屋上まで来てもらっても良いかな?」


 見知らぬ女子生徒は俺を手招きしながら、そう言った。

 なに、カツアゲでもされんの? 俺。


「わ、分かった」


 じゃ、先に行っとくね~となぜか俺を置いていく謎の女子生徒。


「……なによ鼻の下伸ばしちゃって」


 口を尖らせて、刺すようにいう姫宮。


「いや伸ばしてねえよ」


「ふん、どうだか。さっきまであんなに取り乱してたくせに別の女に誘われてひょいひょいついていくんだ」


「あぁ? さっきまで取り乱してたのはそもそもお前が……」


 反論しようと身を乗り出したところで俺の思考が次の言葉を制す。


 そもそもお前が? なんだったけ?

 

 俺がテンパってた理由は……姫宮が突然……


「そもそも私が、何よ」


 俺に歯向かうように面と向かってくる姫宮の頬は少し紅潮しているように見えた。


「お前が……き、き、キスを……」


「きすぅ? 私が? アンタに? それ本気で言ってる?」


「じょ、冗談で言うわけねえだろうが、とぼけんなよ」


 chu♡って聞こえたぞchu♡て。


「もしかしてchu♡とか聞こえたからキスされたとか思ってんの? まじきしょいんだけど。キスでホントにそんな音するわけないじゃん。さっきのはフリにきまってるでしょ……あっでもあれか、キスしたことないか、そりゃ~わかんないよね~大人のビデオのみ・す・ぎ」


 うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん! それはそう!!!!!!


 うるせえこの野郎ぶっ飛ばすぞ。

 と言いたくなったが凡そ図星だったので歯を食いしばって堪える。


「あっれ~? 図星? キスしたことなかった感じ~?」


「うるせえビッチ。健全な男子高校生なんだよ俺は」


 万年ゲームしてて彼女のかの字すらいたことないんだから、キスしたことなんてあるわけないだろうが!


「……ふ~ん」


 俺の答えに姫宮は何処か神妙な顔つきを見せた。

 そして、すぐさま満面の笑みを見せる。


「アンタにキスしてくれるようなモノ好きが一生のうちに見つけられるといいわね」


 ムキーーーッ!!!


「もういい、俺は屋上に行く。こんなとこでおちょくられるくらいなら屋上でカツアゲされる方がましだぜ」


「あっ、ちょ、待ってよ」


 俺は戦意を失い教室から出ようとするが、姫宮に止められる。


「なんだよ」


「……そ、その……」


「……?」


 なぜか俯いてそわそわした様子を見せる姫宮。

 お? なんだ、涙の謝罪か?


「カツアゲされに行くんならさ、ついでに私のジュース買ってきてくんない? オレンジジュースがいいかな~、暑いし。あ、もちろんアンタの金で」


 舐めてんのかこいつ。

 つーか自分で言っといてなんだけど、カツアゲされにいくってなんだよ! 嫌だよ俺は!


「だーーーーーーーーーもういいっ! 俺は屋上へ行くんだ! 何がなんでもな!」


 俺は鉄の心で姫宮の煽りに完全無視を決め込んでロボットのように無心で屋上へと駆けだした。


 道中、心が無いとは言え暑さに耐えかねて喉元を伝う汗を拭う。


「……あれ? 何だこのシミ」


 気付くと、汗を拭ったカッターの袖に朱色のシミがついていた。


「血か……?」


 よく見ようとこすっていたらそのシミは消えてしまった。

 ……なんだ、蚊にでも噛まれたか? 俺よ。


 暑さのせいで俺も蚊もボロボロだな。そんな風に思いながら屋上へと続く廊下をひた走る。


 なぜか、姫宮が残った教室の方から大きなため息が聞こえたような気がした。

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