第3話 喚起
初めて姫宮と出会ったのは今から10年前、まだ小学生だった頃だ。
「ねえねえ、そのゲーム私にもやらせてよ」
教室の隅に隠れてゲームをしている俺に、彼女はそう言って手を伸ばしてきた。
当時俺は『モンスターフュージョン』というモンスター配合系RPGにはまっていた。モンスター配合というのは、モンスターの♂とモンスター♀を掛け合わせて新たなモンスターを生み出し、子供は親の能力を引き継ぐ仕組みだ。何度も何度も配合を繰り返すことでより強力なモンスターが出来あがっていく様に、当時の俺は死ぬほどハマっていた。
「……モンフュー(略称)、好きなの?」
静かに押し寄せる歓喜を必死に抑えながら、俺は言葉を返す。
しかし、彼女は静かに首を横に振った。
「知らない。でも珍しくタケルくんが面白そうにしてるから」
タケルくん。
それは俺の名前である。
「面白そう……?」
「うん。タケルくんはいーっつも詰まんなそうな顔してるのに、それしてるときだけ楽しそうな顔になるの」
当時の俺は困惑した。バカにされてるのか、褒められてるのかの判断もつかなかったのだろう。
「私にもやらせてほしいの……ねえ、だめ?」
「……」
当時から友達の少なかった俺に臨機応変なコミュニケーションなどあるわけもなく。突然、クラスの女子――つい目で追っていた女子——から声をかけられて、お願い事をされた時になんて答えればいいのかなんて、分かるわけもなかった。
「ねえってば」
思考が停止して固まる俺に向かって、姫宮は俺の顔を覗き込むように、見上げるように俺の前に顔をズイッと近づける。
ふわりとした柔らかい香りと一緒に、つぶらな瞳が俺の視界の占有度を高める。
「もー無視するなー、いたずらしちゃうぞ」
「――――――――――――ぁ」
言いながら、彼女は俺の背に手を回す。
俺の中で何かが弾けたような気がしたのは、その時だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「何悶えてるのよ、気持ち悪い」
高校生姫宮の鋭い言葉によって、俺は現実に引き戻される。
「おおおお!?……あれ、今走馬灯が……」
俺は自らの体の無事を確認する。
良かった。生きてる。
「なんで死の際に立ってるのよアンタ……」
呆れた顔をみせる姫宮。ただ呆れているはずなのに大人びて見えるその表情は魅惑的だ。
……認めよう、お前はカワイイ。
「なによ。急に叫んだと思ったら黙ってジロジロ見つめだして……ほんとにおかしくなっちゃったの?」
「い、いや待て、一旦状況を整理しよう。何が起きた? 俺は夢でも見ていたのか?」
「……どんな夢だった?」
「どんなって、教室に姫宮が入ってきて、口げんかになって、それで……」
「それで?」
「…………き、ききききき、――」
「き?」
「き、きs——」
俺の言葉を遮るように、教室の扉が力強く開けられた。
「おそくなってすまない湊! ちょっと差し込みの緊急事態が起こって――って……あれ、取込み中だったか……?」
八重樫。マイイマジナリーフレンド。
八重樫は眼鏡をくいっと上げて、さらりとした銀髪を手で払いながら言った。
「……愚問だったな、合理的判断に従って、ここは失礼しよう」
「――まてまてまてまてまて!!!!」
お前を待ってたんだっつうのこのイマジナリーフレンドが!
俺は咄嗟に駆けだして八重樫の首根っこを摑まえる。
「な、なんだ我が友よ、僕は合理的判断ゆえに退室を――」
「う、うるせえお前に戦略的撤退なんて言葉は使わせねえ、何してたんだよマジで。お前のせいでえらいことに」
「え、えらいことってなんだ、もっと正確かつ具体的に教えてくれ」
「そ、それは……その、俺が、姫宮と……」
喉まで出かかっている言葉が続かない。
その言葉を発すると、事実を認めることになる。
敗北を認めることになる。
チラと教室に残る姫宮の顔を見遣った。
「………………」
俺の机に寄りかかって半分座っている彼女はスマホを弄っていた。足をぶらんぶらんとさせて、退屈そうにしているようにも見える。
「……彼女も君をお待ちだ。僕は帰るよ、例の作戦の件は後日にしよう。……それとその、遅れてすまなかった」
八重樫はペコリと頭を下げた。
こいつはいつも合理的で、論理的な男だ。清々しいほどに。
「あぁ、そうだ、それと……」
「ん?」
「……いや、やっぱりやめておこう、また今度話すよ」
「なんだよ、歯切れ悪いな」
「合理的判断ゆえに、だ」
「いちいちムカつくなそれ」
ふっと笑ってから、八重樫は背を向けて廊下を歩きだした。
斜陽が差し込む校舎。
俺は教室の方に向き直る。いまだなお、姫宮は俺を待ってくれているようだった。
……スマホ弄ってるから話しかけづらいけど。
「……え、えーと」
恐る恐る姫宮に伺いを立てる。
「話、終わったの?」
「え、あ、ああ、終わった。つうか後日になった」
「……そか。さっきのが待ち合わせてた友達?」
「あぁ、あれが俺のイマジナリーフレンド」
俺の冗談に、姫宮は少し驚いたような顔をした。
「……アンタ、冗談言うんだ」
「お前俺をどんなやつだと思ってんだ……」
「え、クソ堅物野郎」
「即答すんな……」
もはや用意してただろその回答は。
「昔から変わらず、だよねホント」
「あぁ? お互い様だろ」
「それはそうかも」
いつもなら委縮してしまって何も話せないはずなのに、夏の暑さに脳の大事な機関がやられたのか、言葉がするすると出てくる。
「待ち合わせの友達。てっきり、女子かと思っちゃったんだけどなあ……違ったか」
足をぶらーんと伸ばしながら、姫宮はぼやいた。
その言葉は俺に向けたものというよりは自身に向けているようにも聞こえた。
「まあ、俺に女子の友達なんてほぼいないしな」
「なにその唐突な自分語り。求めてないんですけど?」
痛い痛い。即死級のカウンターパンチを喰らった気分だよ。
「……あーあ、早とちりしちゃったかあ、反省反省」
なんだ? 何を反省してんだコイツ。
そんなことを思ってぼーっとしていると、姫宮が突然急接近してきた。
「――ねえ、さっきのことだけど――」
「――すみませーん」
同時にコンコン、と教室の扉をノックする音が聞こえた。
どうやらイマジナリーフレンド八重樫ではなさそうだ。
「あのぉ、湊くんって人、います……?」
扉の隙間からぴょこっと顔を出したのは、俺の見知らぬ女子生徒だった。
「……え、俺?」
俺はゆっくり手を挙げる。
それに気づいた女子生徒は小さくお辞儀をして手を振り返してきた。
「誰?」
「いや、存じ上げない」
「じゃあ何で手振ってんのよ」
「……慣習?」
「……」
またも呆れた顔をする姫宮を置いて、俺は見知らぬ女子生徒に返事を返す。
「お、俺で合ってます?」
コクリと頷く女子生徒。
「湊くんに、ちょっと話があって……いいかな?」
瞬間、横目に映る姫宮の気配が柔らかなモノから殺気のようなぴりついた気配に変わったのが分かった。
「……やっぱ女じゃん」
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