第11話 開けられたケージ

 シェルリスでは、とても相手にできない。大人の男性で、しかも魔法使い。こちらは非力な少女で見習いだ。あまりにもが悪すぎる。

 アトレストからシェルリスの姿を見た人がいないだろうか。ブレイズがたまたま外へ出た時に、彼女が歩いているのを見た、とか。

 そうであれば、彼がここへ来るまでに何とか時間稼ぎをするのだが……。

 いや、だめだ。そんな都合のいい偶然など、期待できない。そもそも、今日はバイトの日ではないのだ。ブレイズや他の魔法使いは、今日はシェルリスが来る日ではない、と思っているだろう。

 レイザックは……最近どうしているのだろう。仕事が忙しかったり、すれ違ったりで全然会ってない。その彼がたまたまここへ来る……なんてほとんどありえない話だ。却下。

 しかし、そうなると誰もシェルリスを助けに来てくれる可能性がなくなってしまう。修学部の先生もクラスメイトも、ここへシェルリスが向かったことを知らないはずだ。ふと思い立って来たのだから。

 行き先を誰かに告げていたとしても、まさかこんな状況になっているとは想像もしないだろう。

 つまり、自分を助けられるのは自分しかいない。だが、どうすればいいのだろう。

「……もし鍵のある場所を教えたら、助けてくれるの?」

 観念したかのように、シェルリスは尋ねた。

「ああ。命だけは助けてやる」

 ラグトムは言いながら、シェルリスから手を離す。

 絶対うそよね、と妙に冷静な部分でシェルリスは考えた。

 思いっ切り目撃者ではないか。そんな人間を生かして帰す犯罪者がいるなんて、まずありえない。

 自分の欲しい情報だけ聞き出して、すぐ命を奪う。

 そういう展開は、シェルリスにだって見えた。

「あたしが入ってる寮の寮長さんに預けてるわ。誰かが取りに来たとしても、あたしか担任の先生にしか渡さないって約束になってる」

 鍵のありかが職務部と言えば、逆に怪しまれると思った。

 言ってみれば、ラグトムにとっての敵地ど真ん中なのだ。隠すにしても都合がよすぎるとラグトムが感じ、そこからおかしいと思われてはおしまい。

 しかし、寮という場所は微妙なはずだ。少なからず魔法使いはいるが、全員が見習い。シェルリスはラグトムがどれだけの腕前かを知らないが、魔獣を捕まえることを仕事にするくらいだから、見習い相手にそうそう苦戦はしないだろう。

 つまり、この男が鍵を奪う気になれば奪える場所。

 学生であるシェルリスが鍵を預ける相手として寮長は適任に思えるだろうし、寮長は魔法使いではないからラグトムにとって敵ではない。

 それなら、この男も向かおうという気になるのではないか。

 殺さない、という前提で寮に戻らせてもらえたら、そこで何とか助けを呼べるはず。寮長の部屋は、他より頑丈に造られていると聞く。見習いが間違って呼び出してしまった魔獣の力に耐えられるよう、特殊な壁が使用されている、という話も聞いた。

 街の中を歩くのに、手を拘束したままにはしないだろう。どうにかしてその部屋へ逃げ込めば。たとえ寮長のエヌムを巻き込んだとしても扉を閉めることで安全を確保できるし、部屋から協会へ救助を求めることができる。

「本当に寮長が持ってるのか?」

「だって、あたしが持ってて落としたりしたら困るもん。魔法使いがいない場所では開けるなって言われたから、鍵を持っていたって自分で開けることはないし」

「……お前、このタイプのケージについて、まだ習ってないだろう」

「え?」

 言い当てられて、シェルリスは目を丸くした。

「鍵はケージと離れすぎると、近くへ飛んで来る性質があるんだ」

「ええっ。そうなの?」

 どれだけの距離かは知らないが、寮とここまでは結構離れている。

 それなのに、鍵が飛んで来ないのは妙だ、という話になってしまう。そうなると、シェルリスが嘘をついているのがばれてしまうことになるのだ。

 青くなったシェルリスの顔を見て、ラグトムはバカにしたように嗤った。

「嘘だよ。鍵は所詮、金属で造られただけのものだ。どこかから飛んで来るようにはなってない」

「ひどっ。だましたの」

 見習いだから、と足下を見られたのだ。他の先輩魔法使いにからかわれたのならともかく、こんな男にだまされたとわかってシェルリスは腹を立てた。

「そう言うお前も、嘘をついただろう。口にはしなくても、まずいことを言った、という顔をしていたぞ。無知というのは悲しいな。さあ、鍵はどこだ」

 ラグトムがまたシェルリスのあごを掴んだが、さっきより力が強い。

「あたしを殺したら、鍵は絶対手に入らないからっ」

「そうでもない。まぁ、鍵は手に入らないかも知れないが、そうなればナイフなりを使って物理的にケージそのものを壊せば済む。魔法が必要なら、そうするさ。中のガキは傷付かないよう、注意してやってやるよ。大切な商品だからな」

「そんな……」

 これでは、シェルリスに逃げ道はなくなってしまう。

 その時、かすかにちゃりっという音がした。小さな音だが、金属的な音だ。

 それをラグトムは聞き逃さない。普段から魔獣を捕まえるために、音や気配には敏感になっているのだ。

「ふぅん。お前、鍵をチェーンにでも付けているのか?」

 言われてどきっとする。確かに、鍵はチェーンに通して首からさげているから。

 そんな気持ちがばれたのか、ラグトムがまた嗤う。

「さっさと出していれば、余計な怖い思いをせずに済んだってのに」

 ラグトムの手が、シェルリスのあごから離れた。

 そう思った次の瞬間。その手がシェルリスの首元に伸びて来た。しかも、両手だ。

 襟を掴み、そのまま引き裂くように左右へ引いた。ボタンがはじけ飛び、シェルリスは思わず悲鳴を上げる。

 その指先が首に触れ、シェルリスの身体に鳥肌がたった。

「これだな」

 ラグトムの指先がチェーンを引き出し、その先にある鍵が見付けられてしまう。そのまま力一杯ぐっと引っ張られ、チェーンが切れた。

 座らされていればよかったのだが、立っていたので反動でシェルリスはよろけてしまう。手を縛られていたのでバランスを崩し、床に転んでしまった。

 足まで拘束されていたら、おかしな倒れ方をして頭を打ってしまうところだ。小屋の中にほとんど物がなかったのも、運がよかった。

「さぁ、出してやろう」

 ラグトムがケージの鍵穴に、シェルリスから奪った鍵を差し込んだ。

「やめて! ルビー!」

 フタが開いたら。ルビーがあの魔法使いに捕まったら。どこかへ売られてしまう。その前に、ルビーがひどい目に遭わされることも。身体的には何もされなくても、すでにルビーは精神的に傷付いているのに。

 そう考えたら、シェルリスはたまらずに叫んでいた。

 同時にラグトムが、ケージのフタを開ける。

「うわっ」

 鋭い鳴き声が聞こえ、その直後にケージから火柱が上がった。ラグトムがフタを開けた途端、中から炎が勢いよく吹き出たのだ。

 ルビーは攻撃するつもりで火を出したのではない。シェルリスの悲鳴を聞き、同時にケージのフタが開いてラグトムの姿が見えたので、怖くて悲鳴をあげたのだ。

 その声と同時に、火も出てしまった。

 魔袋に入れられ、袋の口が開いたと思ったら見たことのない獣の顔が見えて驚いた時と同じだ。

 今は格子から外の様子が見えていて、ずっと怖い怖いと思っていたため、火がさらに強くなったらしい。

 だが、魔袋の時と違い、今は屋内。しかも、今にも倒れそうな、ぼろぼろの小屋の中だ。その火が壁や天井に届き、燃え広がるのに時間はかからない。

「くそっ」

 ラグトムは荒々しくケージのフタを閉めると、それを持ってすぐに外へ飛び出した。

 シェルリスも何とか立ち上がり、急いで外へ向かう。だが、扉の前に天井部分が落ちて来て、逃げ道がふさがれた。

「ええっ、うそでしょお~」

 この小屋には、その扉しか出入り口はないのに。これでは外へ出られない。

 考える間もなく、シェルリスは近くの壁に体当たりする。見た目以上に腐っていたのか、シェルリスの大して重くもない体重に耐えられず、壁は崩壊した。小屋がぼろぼろだったことが幸いしたのだ。

 そこからシェルリスは飛び出す。手が不自由なので、飛び出した勢いでまたバランスを崩して転がってしまった。

 だが、そのおかげか、縄が切れる。魔法による拘束ではなく、そんなに丈夫な縄ではなかったので助かった。

 背後でものすごく大きな音がして、小屋が崩れる。火事のせいか、壁が壊れたからなのか。

 とにかく、シェルリスは間一髪で無事に脱出できたのだ。

 だが、殺されたかも知れない恐怖と、焼け死ぬところだった恐怖でシェルリスは力が抜けてしまう。

 とにかく、目の前で燃えている小屋から少しでも遠ざかろうと、近くの木の陰に隠れたが、そのままシェルリスは意識を失った。

☆☆☆

 今日はアルバイトの日じゃない。だから、シェルリスはディルアで自主練習をしているか、ルビーをゆっくり構うために寮へ戻っているはずだ。

 シェルリスがルビーを保護したいきさつを小竜夫妻に話したレイザックは、彼らを連れて魔法使い協会ディルアへ向かった。

 ファルジェリーナはどこかで休ませ、レイザックがそこへルビーを連れて行くと言ったのだが、早く子どもに会いたいからと言って彼女も無理について来ているのだ。

「かなりシェルに懐いてたって聞いたし、親と離れた淋しさも少しは紛らわされてると思うぜ」

 街の中で小竜の姿に戻る訳にもいかず、ファルジェリーナはレイザックと一緒に馬に乗っていた。オルフォードはマグテスと一緒だ。

 魔獣売買禁止法で捕まったジェインズについては、彼自身が魔法使いではないため、一般人を対象とした役人が拘束することになる。まだ細かい捜査は残っているが、一旦ワイマーズ家の後のことはまかせて来た。

 だが、ようやく着いたディルアに、シェルリスの姿はない。

 職務部へルビーの情報が入ってないかを聞きに来たらしいが、敷地内に彼女はもういなかった。寮へ戻ったのかと向かったが、やはりそこにもいない。

「シェルちゃん? 今日はまだ帰って来てないはずよ。あの子、いつも行く時と帰る時に元気よく挨拶してくれるし、黙って部屋に戻ってることはないと思うけどねぇ」

 寮長のエヌムに言われ、レイザックはもう一つの可能性であるアトレスト、彼にとっての自宅に連絡を入れた。

 父のブレイズにシェルリスが来たかを尋ねたが、来ていないと言う。

 ここに至って、レイザックは青ざめた。

 どこへ行ったんだ、あいつ。修学部にも寮にもアトレストにもいないなんて。

「レイ、今アトレストへ向かっている途中、ということもあります。一度、向かってみましょう」

 マグテスがありえそうなことを言い、レイザックもうなずく。小竜夫妻もここまで来て待ってはいられない、と言うので、そのまま連れて行くことになった。

 だが、馬はすぐにアトレストが見える場所まで来てしまう。そして、シェルリスが歩いている姿はない。

 ここまで来るルートはいくつかあるが、寮から最短の道をシェルリスは使っているはず。今はルビーも一緒だから、なおさら遠回りはしないだろう。

 とにかく、レイザック達はアトレストへと向かった。

「あれは……親父?」

 もう少しで到着というところで、レイザックはブレイズがイルバの森へ向かっているのを見付けた。

 それだけでも何か妙な気がするのだが、ブレイズは狼にまたがっていた。彼と契約している魔獣だ。

 翼のある魔獣では森の中で存分に羽ばたけないので、走ることに特化した狼を呼び出したのだろう。

 だが、何のためなのか。

 さっき連絡を入れ、シェルリスがいない、と話したばかりだ。あれからまだそんなに時間は経っていないのに急ぐ父の姿に、レイザックは強い不安を覚えた。

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