壱【蝦夷地へと潜入せし二人の事】・side舟5
状況は最悪である。
「ハァ……ハァ……」
必死に上がり切った息を殺す。
砂浜に運よくあった岩陰に身を隠し、どうにか逃れる術を必死に考える。
「俺のことは、置いて行っていい」
「そんなことは」
できるわけがない。
しかし、柴崎さんを俺が運んでいくにも限界がある。
殴られたために額からは滝のような出血。
それに先ほど、僕を庇い、足に銃撃を受けていた。
置いていけるものか。
岩の陰から覗いてみた。
額にライトをつけた兵隊たちが、ぞろぞろと近づいてくる。
見つかった瞬間に、鉛玉が撃ち込まれるだろう。
「もう、置いていけ」
「いえ、そんなことさせません」
海風が吹き抜ける。
風に交じり、リズミカルな異音がどこかから聞こえてきた。
何事かと思っていると、僕の服の内側から式神が飛び出す。
「え?」
巨大な太刀を抜き払った黒い鎧を纏った武者。
莫大な殺気と妖気の集合体――それは文化財級の九十九神の力のはずだ。
初めて見た。
こちらも威圧されるほどの力を感じる。
立ち姿は凛々しく、闇夜にぼんやりと浮かび上がる燐光を帯びる。
だが、それは同時にこちらを発見させるための的である。
「あっちだ」
「……うぐ」
銃がめちゃめちゃに乱射される。
マシンガンの連射を最小の動きで払い落としていく。
銃撃音に交じって、海風が次第に強くなってきた。
だが、追い詰められていくことに変わりはない。
「こぶねぇ!」
玄海さんの声。
なんだ?
リズミカルな異音と風音。
もっと早く気付くべきだった。
僕は空を――それを仰ぎ見る。
「無事か!」
「玄海さん……」
危ない、涙がこぼれるとこだった。
すぐ近くにまでヘリが下りて来て、知らない制服の人間が二人降りてくる。
二人が素早く柴崎さんを抱え上げると、僕も必死に走る。
「どうわっ」
銃撃が響く中、ヘリの後部座席に飛び込んだ。
「戻れ、『羅生』」
武者が小さなピアスに戻り、玄海さんの手の中に戻ってくる。
これで問題なく、逃げることができる。
だが――
「逃げるにしても、どこに逃げれば」
「今、蝦夷地の中で唯一の安息地が目と鼻の先にある」
玄海さんが答えた。
「このヘリも、そこから来たんだと」
「どこです、それ」
「蝦夷地開拓の拠点となった城・五芒城だ」
すぐさま眼下に城が見えてくる。
周囲を囲むレンガ造りの塀と、五本の塔によって形作られた城。
開拓使の管理者の坂本氏の居城となったという。
その場所が避難地となるらしい。
しかし、四面楚歌の状況は変わらない。
この地の首領たる、何者の正体を掴むこともできずにいるのに。
「まずは……良かったんじゃない……か」
「柴崎さん」
彼が生きて、助かろうとしていること、
それだけがここにある希望だった。
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