壱【蝦夷地へと潜入せし二人の事】・side玄3

 俺たちがやっとの思いで陸に上がると、そんな砂浜の橋で小さく指笛の音が響いた。初めは奴らに見つかったのだと思った。

 だが、続いて聞こえたのは、銃声とは違う炸裂音。

 暗い夜空に、赤い光が打ち上がる。


「照明弾?」


 刑部卿が絶望の入り交じった声を上げる。


「どうします? 賭けだと思います。音に近づくか、遠ざかるか」

「どうせ失敗したら死ぬんだ、賭けてみようか」

「わかりました」


 照明弾の上がった方へと近づいていく。

 岩陰に一人の影が見えた。

 こちらの姿を見て、岩に隠れようとしたのを見て、すぐさま確信に変わる。

 俺たちは、すぐさま岩陰へと入っていく。


「お?」


 そこにいたのは、ツタのような紋様の服をまとった少年だった。


「君らは、ここらの人間じゃないだろうに」

「天海さんという方に、協力を頼まれまして」

「やっぱり、通信は奪われているんだな」


 彼は頷く。

 何より手の中には、原始的な通信機がそれを示している。

 もう一人の、アイヌの子がこちらの岩陰に近づいてきた。

 彼が指笛を吹いた方だろう。


「少し隠れていてください。もう少しで応援が来ると思います」

「応援っていうのと向こうの、どっちが早いかってところだろうな」


 向こうから懐中電灯を持った者たちが、こっちに近づいてくるのがわかる。

 だが、同時に何か違った音も聞こえてくる。

 

 

 

        ◇ ◇ ◇



 世界大戦後――蝦夷地の開拓が始まるが、蝦夷地の先住民『アイヌ民族』については、それよりも遙か前から存在は知られていた。一〇〇〇年代、日本国政府は蝦夷地の統治を宣言するも、日本語の使用と定期的な交流のみを求め、それ以上の干渉は行わないできた。民族としての統制は、アイヌ側に任せられていた。


 しかし、戦後の開拓で蝦夷地丸ごとの開発が決まると、アイヌ民族の領地を襟裳を頂点とした一〇〇キロメートルの扇状の土地のみに制限し、まるで別の国であるかのようにコンクリートの壁が築かれた。彼らは閉じ込められたのである。人権を無視した非道な行いであり、それ以降の交易も一切なくなったという。



        ◇ ◇ ◇


 

 つまり、彼らとは一切の交流がなく、こちらを恨んでいると思っていた。

 だが、今は味方らしい。


 

「今回は共通の敵、どちらかが倒れれば蝦夷は終わりです」

「にしても、ここからどうするんです?」

「まあ、待つしかないんですよ」


 

 待つ?

 

「みんながどうやってアイヌの里に行けたと思います?」


 その正体と爆音が、上から降ってきた。

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