壱【蝦夷地へと潜入せし二人の事】・side玄2

 いきなり銃口を突きつけられては、俺たちはどうすることもできない。

 これで動こうなんて者がいるわけもなかった。

 軍人である甲斐ですらも、大人しく手を上げたのだから。


「で、俺らを始末するという感じか? ――いや、俺らを生かしておくつもりか?」

「ああ。その通り、君たちは生かしておくさ。今ここで」

「あ?」


 徳川刑部卿が眉をつり上げる。


「彼らは、嘘つきなんですよ。基本的に反対の言葉で会話している」

「つまりは、ここで殺すってことか?」

「そうなるでしょうね」

「せめて島に着いてから、鎌を掛けたら良かったろ」


 確かに言われるとおりだったかもしれないが、思うに島へ着いてからの方がより危険だと思った。降りていった先で、そもそも何が起きているかわからないんだから。

 島に到着した瞬間に、大勢の囚人に囲まれてなぶり殺しというパターンは避けたい。どうにもネットワークすら盗まれているみたいだから。

 銃を持つ兵士たちが、ゆっくりと近づいてくる。


「立て」


 命じられるままに立ち上がり、船のデッキへと案内される。

 下には、昏い海が恐ろしい早さで流れていた。

 つまりは、銃殺されて海にドボンということだろう。

 これで終わりというムードが流れている。

 だが、正直な話、俺はある意味ここだと思って、彼らに話しかけたのだ。

 泳げない距離ではなく、逃げられる距離であるところで、あえて話しかけてみた。

 ばっちり嫌な予感が当たってしまったらしいが。

 



 三人揃って、船の縁に並ぶ。

「すまんが、向こうを向きたいんだ」

「好きにしろ」


 言葉に嘘はなく、向こうというのも指は指さなかった。

 許可が下りたので、勝手に海の方を見る。


「二人とも」

「ああ……」


 青い顔をしている。

 徳川家といえば、源家から分かれた名家というが、それでもまだ徳川卿にはそこまでの胆力は足りなかったようである。

 俺は勝手に、深く息を吐く。


「思いっきり吸って!」

「!?」


 叫ぶと同時に、二人の腰を持って海に飛び込んだ。

 二人の裾をつかんだまま、思いっきり深く潜る。

 上から鈍い銃声が降り注ぐ。

 しかし、船は走ったままで、勝手に進んでいく。

 目標物のない海の一地点を打ち続けることは難しいらしく、銃の雨はすぐにやんでいった。

 そこでやっと海から顔をあげた。


「二人とも無事か?」

「ああ、こっちは」と甲斐。

「こっちもだが」と刑部卿。「そのまま無事かはわからん」

「え?」

「すまん、泳げないんだ」

「……。捕まってください。そっちは、大丈夫だな」

「ええ、問題ないです」


 背中に刑部卿を背負いつつ、夜の海を掻いていく。

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