是生両儀~偽リ之殺メ~

序【北の地に、蠢く影の事】


「ところで……、わざわざ彼を届けにここまで来たのか?」


 妖狐――というか葉子は、遠くの方を見ながら言った。

 その方角は、この遠野の地よりもさらに北の方角だ。


「いえ、それがついでに仕事を頼みたいと言われまして、このままさらに――」

「蝦夷に行くんだな……」


 彼女は、睨むような目でこちらを見た。

 そんな目は見たことが無かった。


「どうしたんだ? 何か、あるってことだな……」

「危険だぞ、嗅いだことがない異質な臭いだ」

「異質……」


 また彼女は、北の方を向く。


「死ぬなよ」

「そんなに……」

「たぶん、やばいことになってると思う」

 

 自信はない。

 僕らは、進むことを決めたから。


 

        ◆


 

 看守の命令とはいえ、変な話だとは思った。

 他の部屋に、会ってほしい者がいるとか。


「面通しにしても、今更だろ」


 そんなことを独り言ちながら、扉を潜った。

 中は灯りがなく、黄昏時の暗さが部屋の中に籠っている。


「で、会ってほしいというのは?」

 と言い切る前に、強く扉が閉められる。

「え? あ?」


 何かの罠か?

 殺される?

 それが頭の中を駆け巡り、背筋に寒気が走る。


「うあああああああ!」

「うるさいな、少し黙ったらどうだね?」

「え……、あ」


 声の方を見れば、部屋の中に女がいた。

 髪の長く、肌の白い女だった。

 美しい、女だ。

 気味が悪いほどに。


「ほら、ここに座って」

「はあ、はい」


 声に不思議と促されるままになる。

 病院のように彼女の目の前に腰かけた。


「君には願いというのはあるだろうか」


 精神科の医者か?

 かと思ったが、彼女はこっちと同じ、灰色のつなぎだ。


「願い? あるからって、なんだよ」

「その願い、かなえられるなら、どうする?」

「どうするって……」


 彼女は、笑った。

 ふふふっ。


 だが、声はしているのに口元は動いているように見えない。

 まるで作り物のような顔だった。


「これはね、悪魔の契約だよ。例えば、願いが叶うなら魂を売れるかって話をしたくてね」

「そんなわけはないだろ、どんなに願いが叶っても俺が俺じゃなければ意味はないだろ」

「――」



 

 中に入っていった男は、まるで感情を失ったようになって帰ってきた。

 何が起きたかは喋らず、それっきり何かに取り憑かれたようになったという。

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