陸【終幕】・1

 急遽閉廷となったあの事件の後、僕らは僕のアパートに一度戻った。

 室内には一枚の紙が残されていただけで、もぬけの殻。


『二人とも大丈夫だと思うので、アタシは故郷に帰ります』


 字など下手そうな見た目だったが、彼女はやけに達筆だ。

 美しい文字が、紙の上に綺麗に並んでいた。


「裏面がありますよ」

「ん?」


 玄海さんにも、それを見せる。

 一つの地名が書かれていた。

 



 数日後、僕と玄海さんは車に乗っていた。

 右大臣に要求した『それ』を手土産に、彼女の指し示す土地に向かう。

 彼女の示した場所は、古くは『遠野』と呼ばれていた地域だ。


 現在は、オートメーション化された田畑溢れる東北の地で、唯一の未開の地である。

 一時期、この場所にも開拓の計画はあったのだが、視察員の事故や原因不明の事態が相次いで起こり、工事は測量の段階で頓挫してしまっている。

 夜には闇に溢れ、昼にも影となる山の奥地だ。

 

 そこに彼女は、いた。

 白きしっぽを持つ、彼女が。


「結構ヒントは出してたんだけどな」

「どこがだよ。お前が分かりやすくヒントを出さなきゃ分からねえって」


 玄海さんがツッコむ。

 彼女は、耳も尻尾も隠してはいないが、ただ一応人らしい姿で僕たちを出迎えた。

 服装も、都で来ていた制服などではなく、華やかな単衣ひとえをまとっている。


「そりゃあ都の中に来たとき、房総のほうから来たって言ったでしょ? そういうところから言ってたんだけどな……上げたらきりがないよ」


 もしも京の都であれば、都の南東は伏見である。

 伏見には、狐を祭る社が置かれている。

 そんな彼女なりのジョークだったらしい。

 わかるかって話だ。


「まあ、いい。指定の土産はちゃんときたよ。まあ、協力の礼ともいえるな」

「感謝するよ」


 玄海さんの合図で、僕は車の後部座席から『彼』を下ろす。


「ふふ、本当にちゃんと連れてきてくれたね」


 葉子は、『彼』を見てほほ笑んだ。

 彼――カタは、照れくさそうに微笑んだ。


「約束だからな」と僕は言う。


 でも、そんなことは構わずに、二人は抱き合う。

 本当に、僕らの事なんて見えてない様だった。

 彼女の目的が、カタだなんて、誰が思っただろう。


「懐かしい匂いがする」

「そうかな、私には分からないよ」


 仲睦まじく、二人はまだまだ抱き合っていた。

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