壱【闇夜に怪しき人影を見つけし事】・9

 玄海さんが慌てて駆け出す。

 が、すぐに戻ってきた。


「駄目だった」

「そうですね。あとで報告しておきましょう。まずは、この子を病院に」

「いや、恐らくそれも駄目だな」

「え?」


 この人は何を言っているんだ、という目で僕は彼を見た。

 だが、玄海さんは真面目な顔をして言う。


「こんな時間に出歩く学生がいると思うか?」

「それは、そうですね」

「服装こそ学生服のようだが」


 彼はしゃがみ込んで、彼女の服装を見分し始める。何も変哲もない学校の女子用制服だが、ポケットをいくつか探り、小さな手帳のようなものを見つけ出した。


「学生証?」

「当たりだ。ほれ、これが本人か?」

「?」


 見せられた学生証の写真は、彼女とは似つかない全くの別人のものだった。


「まあ、完全にこれは刑事の勘みたいなもんだが、彼女は外の人間じゃないか?」

「それは……あり得ることだと思います?」

「だが、問題を複雑化させることにはなるぞ」


 外の人間の不法滞在・不法侵入は、国の法に則って重罪と定められている。

 かくまった方も、厳しく罰せられる。かといって、女の子を道の真ん中に捨てて行けるほど、僕の心は完全に擦り切れてはいない。

 玄海さんも、同じのようだった。

 彼はその細い体を抱き上げると、歩き始めた。


「どこに行く気です?」

「俺のウチだ」と言う玄海さんは不満げだ。「なんだよ、彼女を捨ててけってか」

「いえ、手当てするには、不適当かなって思いまして」

「オマエ、俺の部屋が汚いって言ってる?」

 否定はできんけど、と小声で聞こえた。


「僕の別宅の方に行きましょう。必要な物品は、アゲハに頼めますし」

「バレたりしねえのか」

「しません」


 彼女も家の仕来りには従う。

 主家――この言い方はあまり好きではないが――の人間の仕事上の機密事項から恥ずかしい秘密まで、一切口外しない。それは守秘義務という仕事上の盟約ではなく、彼女たちの『忍』ゆえの誇りと言っていい。

 僕は、近くの公衆電話からタクシーを呼ぶ。

 はじめは、個人のデバイスを用いるところだったが、玄海さんに止められた。

 誰がどこにかけたという記録を残さない方がいいということらしい。確かに、僕が仕事中に車を呼びどこかに移動したのが、分かってしまうとそれはそれで面倒なことになりかねない。

 深夜の電話に出たのは冷たい声の男だった。

 受付の男は、嫌そうに応答したが、割増以上の金を払うと伝えると「すぐに向かわせる」と声を高くして言った。

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