壱【闇夜に怪しき人影を見つけし事】・7
回収容器は、そのままアゲハが回収していった。
しかし、僕が聞いていたよりも、思い、感じていたよりも現場は厳しいものだった。
一体の九十九神の回収に、二人の人間が死亡した。
見るも無残な遺体となって。
それがもしも毎夜起こっていることだとすれば、夜警部隊はいつになっても人手不足解消されることはないだろう。
そして、いつかは限界を迎えることになりそうだ。
「人の死に触れたのは、初めてか」
「いいえ、今日だって左大臣の火葬に顔を出してきたばかりですよ。それでも、こんな死を間近に見たのは……」
「こんなことは滅多にない――とは言えないが、それでも人は死ぬんだ。あれが人の生活に必要になっているのは分かる。だが、お前らはさ……これは厳しいことを言うが、山の向こうの生活に目を向けたことがあるか?」
「……」
僕は、何も言えなかった。
都の端よりまたさらに向こうに、『関東山』がある。
関東山の“材料”は、土や木々ではなく、ゴミだ。都の中で、消費され不要になったゴミたちが外に無造作に捨てられ、山となっていた。都には景観保護の規則があり、都の中心地は二階まで、外側でも五階を超える建物を超える高さの建物を作ることはできない。
だが、それを優に超える高さの山が東から北を通り西の方にまで続いている。
不用品の巣窟。
それは言い換えるなら九十九神の温床だ。
大切にされぬ物たちの墓場である。
そんな山の向こうにも、人々の住処はある。
都の中に住む人間ほど、外に住む人間のことを考えない。
昔は、僕だって考えていた。だが、いつの日かそれが薄れつつあったことを痛感させられる。
都の中に住むことが許されない人間たちは、その山から物を拾い集め、山の反対側にスラムを作って生活しているという。
都の外に、僕ら夜警が出ていくことはない。外の集落が九十九神の襲撃にあったという話は尽きないのに、だ。いつしか線を引いていたのかもしれない。
「国の繁栄が、中の人間の務めかもしれねえがよ」と玄海さんは言う。
「それでも、人があっての国ではあるんだぜ。俺が言えた義理ではないがさ」
彼の言葉に、僕はまた反省する。
僕らは、引き続き夜の街を歩いていく。
九十九神が消えるとあたりは信じられないほどに静かになっていた。
一時の騒ぎ故か、それは淋しさのようにすら感じた。誰かが消えた悲しさであり、街が穏やかになった喜びであり、様々に入り混じった淋しさだった。
「静かになると、平和になったように思うよ」
玄海さんが僕に独り言のように言った。
それが本当に独り言なのかはわからなかったが、僕は「実は、何もしない方が平和なんじゃないですか」と言ってみた。
僕の言葉は、また真実で同時に嘘だ。
問題が大きくなった先で、何もしないのは罪でしかないのだが。
僕ができることを、ただただやるだけだ。
仕事をするだけ。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「何をだ?」
「いえ、出発前に一声部長にかけられたのですが……」
そこまで聞いて露骨に嫌な顔をした。
次の言葉を吐き出す前に、女性の悲鳴が遮った。
あまり遠くない。
僕らは目を見合わせ駆け出した。仕事をする気がなさそうにしていた玄海さんではあったが、さっきのことでスイッチが入ったのだろう。僕と同じように全力で駆け出した。
声はその一回きりだった。
僕たちは路地の一本一本に目を凝らしながら駆け回る。
闇の先に女性がいる気配がないと見えると、すぐに次の路地へ。
僕と玄海さんは、互いに違う方を向きながら走る。
「おい!」
彼の大声に振り返る。
僕を呼んだわけではなく、目線の先にある陰の中に彼は叫んでいた。
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