壱【闇夜に怪しき人影を見つけし事】・5
夜闇に、鬼火が浮かんでいた。
ゆらゆらと風に揺れ、時折ふっとかき消える。
あたりには血と、
周囲の闇の中に、ぼんやりと浮かび上がるように「それ」はいた。
がりがり、がりがり。ネズミが柱を齧るよりも、はるかに残酷な音。
「それ」は大きな銀色の蛇のようだった。
人間の――仲間の生首を口に咥え、がりがりと頭蓋を割っては
心の中で、嫌悪と憎悪と、さらに恐怖がこみ上げる。
「どうした、あんなもんだぞ。あれが普通だ」
玄海さんが、バンと背中を叩く。
その音で、「それ」はこちらを向いた。
二人の生きた人間を察知したのか、食べていたモノを吐き捨てて向かってくる。
僕は左に、玄海さんは右に。別々の方向へ飛ぶ。
考えていたよりもずっと早く、蛇はすっと僕の右脇を掠めた。着物の下で夜風が肌に当たるのを感じる。なんだろうと触ってみれば着物が破れている。僕はさらにもう一歩後ろに飛んだ。
これでもつのだろうか。彼に言われたことを思い返す。
「とりあえずはテキトーに飛び回って逃げろ」
何の指示にもなってないが、まずはそれでいいのだという。
そうしていることで、自然とそれの正体がわかるとかなんとか。
信じられなくはないが、彼の言うことならばと僕は思う。
「奴らを祓うのに、一番簡単な方法は正体を見抜いてやることだ」
「正体?」
「陰陽道の神髄はな、主題を明確にすることだと思ってる。昔の人は、こういったそうだ。あれはあなたのものだと言えば、夜の月すらも人に差し出せると」
「つまり?」
玄海さんは、つまらなそうな顔をしてから言う。
「とりあえず捕まるな。その間に正体を掴めれば勝ち。胴体が二つに分けられたら負けだ」
簡単に言うが、避けることすら難しそうなんですけど?
僕は、何も言わないうちに肩を叩かれた。
がんばれってことですか……
ヒユン――。
首を大きく振るたび、風を切る音がして背後の壁に切り傷が付く。
かまいたちのような風の斬撃。先んじて回避を取らないと、一瞬で体が半分にされるだろう。
だが、恐怖も焦りも次第になくなり、ただただ頭の中が冴えていく。
正体はなんだ?
考えながらでも、体は自由に動く。
刃物であることは、その銀色の体から推測ができる。
なら、刀か、包丁か――どれだろう。
また再度、首が大きくしなる。
首というよりかは、体ごと大きくしならせているようなものだが……。
いや、僕が見るべきは、そこじゃないのか。
首の方向を見抜き、地面にしゃがみ込む、相手の足元を見つめる――正確には、そこに足はなく、太く長い胴と尾が続いているだけだ。胴は首と違って鈍い銀色ではなかった。黒と赤のまだら模様に、尾の先は金色だ。
「玄海さん!」
僕は地面に這いつくばりながら、必死に指をさした。
「ああ、理解した。さっさと離れてろ」
玄海さんは、その場で印を結ぶ。
「ノウマクサンマンダバザラダンカン ノウマクサンマンダバザラダンカン……」と呟く。
真言が唱えられ、聞かせられている蛇は、苦しんでのたうち回る。彼らにだけ、その言葉は音に乗った毒のように体に入り込む。
苦しんで地面に倒れ伏す、蛇に玄海さんは二度印を変え、静かに呟いた。
「神になれなかった刀剣よ、永遠の眠りにつけ」
言葉は力を持つ。
彼の口から放たれた言葉で、蛇は再び脇差の姿となった。
刀は宙に浮き続けていた。周りの空気と干渉しあっているかのように、刀の表面が青白い燐光に包まれている。
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