壱【闇夜に怪しき人影を見つけし事】・4

 帝都――東京は、皇紀二五二四年の大火により八割以上を焼失した京の都の代わりとして計画され、二年後に遷都された場所である。

 それ以前は、関東一帯や東北・蝦夷えぞを管理するための中央の小さな支局が置かれており、それに伴う宿場と商店が軒を連ねた、あまり大きくない街が広がっていたばかりであった。


 そんな関東平野を時の帝が主導し、元の京の都よりも広い都を作る計画を実施された。

 北東の角には浅草寺を配置し、南東の角は近くの山を削って海を埋め立てられた。

 西側は、小さくも発展した宿場を取り込み、深い谷を避けるように都の内外を分ける。

 すると、南北に少し長い長方形の都ができあがった。これが現在の東京の姿である。


 だが、この都には西に大きな寺社仏閣が足りなかった。

 そのためであったのか、さらに翌年、遷都を行ったみかど慶明けいめい天皇が崩御ほうぎょしてしまう。帝をまつるための「慶明神宮」が建立され、都の西側は守られた。

 こうして都が成ると、同時に今まで京の都で起きていた問題が、こちら側で起きるようになる。

 すなわちあやかしの出現である。

 



 人類の進歩に合わせて、科学というものが生まれた。

 夜の闇が光に照らされた分だけ、影は濃くなる。

 いや、これにはもう一つ別の要因があったとも言えるだろう。

 

 あの『』によって、人々は豊かになりすぎた。

 物を大切にする文化は消え、物質的で消費を求める方へと変わっていった。次々に物が作られ、古いものは捨てられた。不要なものは都の外に放棄されるばかり。

 今では『関東山』と呼ばれる山が形成されると、都の東から北を回り込んで西側へと峰を伸ばしているのだった。皮肉的なことに、都の人間が豊かさのために作ってきたものが、関東の景観を崩し、同時にそこが妖怪――九十九神つくもがみの温床となっている。

 

 九十九神。

 古き物の、妖になりしもの。

 神には、まだ一つ足らぬもの。

 あと少しのことで、神になれずに堕ちたものたち。


 それらは、人への悪意と憎悪を持っている。

 古くなり捨てられた物体に、怨念が宿ったものだ。

 それが山から都に入り込んでは、人間に害を成す。

 本当に皮肉なものだ。

 だが、それが同時に恩恵をも与えてくれる。


 九十九神の力が、科学を発展させた。

 莫大なエネルギーによって、他国を赤子同然に扱えるほどの力を手に入れたのだ。

 戦争に勝利し、資源や土地を手に入れた。それは日本国にとっては、九十九神の発生など小事になってしまうほどに。

 

 いや、そもそも九十九神をエネルギーとするのだから、発生してもらわないといけない。危険な状態と綱渡りする現状こそが、国にとっては“良い”状態でもあるわけだった。

 

 

 

 ぴぃー。

 突如少し離れたところから、笛の音が聞こえた。

 僕は、ハッとなって駆け出す。


「おい。待てって。行ってもしょうがないっての」


 少し顔を赤くした玄海さんが後ろで叫んでいる。


「いえ、これも勉強ですよ。というか、あなただって仕事でしょう」

「あ、お前、さてはチクる気だな」


 鋭く言い当てられて、内心ぎくりとする。

 落ちこぼれと自分では言うが……

 しばらく走ると、もう一度笛の音が聞こえた。

 音の出どころの大体の位置を把握する。


「ちょっと待て、落ち着けって」


 玄海さんは顔を真っ赤にしながらもまだまだついてくる。

 酒を飲んで、よくそこまで普通に走れるものだと思う。


「少し休んでいても大丈夫ですよ。僕だって何も参加できるとは思ってません。遠くから見るだけですって」

「いや、少し話を聞け。ちゃんと喋らせろ」


 僕は止まることなくそのまま走り続けた。

 再び、今度は近くで笛の音がした。

 その時、力を振り絞ったのだろう玄海さんに袖を掴まれて、思いっきり地面に引き倒された。


「なに――」


 そのまま口を塞がれる。

 僕の顔の上で、上がり切って変な音がする息を必死に殺しながら、玄海さんは周囲を見渡している。


「黙ってろ」

 小さな声で言う。

「お前らの……研究部門は、結局誰が何頭仕留めたかってことしか知らないだろうし、バカの一つ覚えのように鬼門と裏鬼門、それに内裏の周りに主力を置けばいいと思っていやがる。だが、それしかないわけじゃない。……変なところから入ってきて、暴れていくやつもたくさんいるんだよ――」


 また笛の音、今度は何度も吹かれている。

 危険が迫っているのか。


「――ここら辺には、新人や力のないものが配置されている。必然的に応援を待つことになるが、それでも向こうが明らかに上ってこともある。出くわしてしまったやつらは、もうダメだ」

「でも」


 僕は手を引きはがす。

 一応声は抑えて。


「助けないと」

「落ちこぼれと新人が、か?」


 バカにするような笑みを浮かべながら、僕の上から退いた。

 だが、僕はそれを僕に対する嘲笑だとは思わなかった。


「僕だって、陰陽師の家系です」

「やるってか。こんな俺にも、やらせんのか」

「ええ。というか、ちゃんと知ってますよ」

「チッ――」

「アナタは、優秀な陰陽師でしょう?」


 僕の言葉に、彼は何も言わず、膝の土を払った。

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