壱【闇夜に怪しき人影を見つけし事】・3

 都の南東、建築資材を運びこんだことから木場と呼ばれる地区である。

 僕は、指示された場所に着いた。

 春も終わりだが、夜風は少しだけ寒い。


『夜警』――都の夜を護るのだから間違ってはいないのだが、それでも今まで日中に働いていた人間としては少し違和感がある。

 遅れてはいけないだろうと、早めに到着した。


 なのに、

「おお、早いな」

 と待ち合わせの相手は、すでに到着していた。

「もう少しゆっくり来るのかと思っていたわ」

「いえ、こちらは新人ですから」


 聞いていた感じとは、少し違うようだった。

 この仕事は、二人一組で行われる。

 が、こちらはド新人なので、担当はどうしたものかと先日警察局へと挨拶に向かった際にかなり悩ませてしまった。研究所から警察局への移動であるのだが、我が家の家柄ゆえに元々の部署ではある程度の地位を与えて貰っていたので、夜警部の部長も困っていたようだ。「ああ、アイツがいたわ」と言われ、組むことになったのが待ち合わせの人物である。


 


「こちらとしても出向いただいた方に……それも土御門家のご子息に怪我をさせるわけにもいきませんし」


 夜警部部長は、眼鏡をかけた、どこかおどおどとした感じの男だった。

 彼は、加茂かもの義徳よしのりを名乗った。

 うちと同じく陰陽師系の名家の直系であることを考えれば、かなりの有力者である。

 こちらとしても移動先で家名に甘えていてはいけないと思った。


「しかし、異動してきたものが現場に立たずに裏方でいるのは、任じていただいた兵部卿へ失礼になりますし、何よりも諸先輩方への示しがつきません」

「そうは言ってもですねえ」


 と言いながら、デスクの上の書類を拾い上げる。

 僕のことが書かれているのだろう。

 眼鏡を上げ下げしながら、無言で見つめつつ、ぼんやりと上を見上げた。


「そうなると……。いや、ああ、いいのがいます。コレとなら大丈夫でしょう」

「大丈夫というのは」

「私の親戚ですよ。彼の方は分家の方ですが、それでも実力は一級品ですし、まあ……」

「まあ?」


 僕が顔を覗き込むと、彼は殊更に困ったようになったが、最後までどうして言葉を濁したのかは教えてはくれなかった。後日、名前や顔写真などの簡単な情報を貰ったものの、不安を覚えたまま今日になったところだ。



 

「加茂 玄海げんかいだ。どのくらいの期間になるかはわからんが、ヨロシク」

 と言って手を差し出される。

 

 短く切り上げた散切り頭に、夜警部隊の制服である濃紺の狩衣かりぎぬを着込んでいる。

 目元にある深い笑い皴が柔和な雰囲気を醸し出していた。

 

 僕は手を握り返し、「土御門小鹿です」と挨拶する。

 玄海さんもさらに手を握る。ごつごつとした手が力強く僕の手を握った。


「さて、じゃあ、仕事をするか。話は聞いてるな。テキトーに街の中を歩いて、浮浪者や怪しい人間を見つけたら、連絡して警備の人間の応援を呼ぶ」

「はい」


 ふあう、と一つあくびをしながら、玄海さんは続ける。


「そんで人間じゃないものを見つけたら、陰陽師の応援を呼ぶ。以上。簡単な仕事だ」

「え?」

「あ?」


 玄海さんは、変な顔になっていた――え?


「あっと……、お前さん」と何とか顔を戻しつつ、玄海さんは言葉を絞り出す。「真面目に働くつもりだった? ああ、やめといたほうがいいって、あんなん命がいくつあっても足りないんだからさ」

「いや、そういうことでは駄目でしょう?」

「まったくよぉ、アレも俺に着けるっていうからそういうことだと思ったんだがよ」

「どういうことです?」


 彼は大きなため息をつきながら額に手を当てると、「自分に言わせるかよ」と小さく呟いた。


「俺は、あれなんだよ。言ってしまえば、この組織のお荷物ってことさ。だからこそ、都の南東なんて土地を担当してるんだ。新入りさん、『鬼』はどこから来るよ」


 僕は少しムッとして答える。


「鬼門でしょう。北東の方角」

「そして、裏鬼門である南西に通り抜けると言われている。ゆえに、平安京の北東に位置する場所に我らが先祖の陰陽寮はあった。言ってしまえば、この都でも同じだ。主力は北東を護るし、優秀な人たちはやんごとなき場所と、都の中心線を護るってだけ。お前さんは、自分の組織に無事に帰っていただけるように、辺鄙な場所に配置されただけだよ。俺が相棒なら無茶はしないだろうってな」

「……」


 僕は何も言えず、黙って空を眺めていた。

 なんて人と組まされたのか……


「まあ、うちのも、ああ見えて食えないやつだってことだ。一晩テキトーに時間をつぶせよ」


 そう聞いても僕は、納得はできなかった。

 玄海さんは早々に路地裏に座り込んで、懐からスキットルを取り出した。



 はあ……

 天の月は北の山に差し掛かり、大きく赤く光っていた。

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