壱【闇夜に怪しき人影を見つけし事】・1

皇紀 二六五九年・皐月

 

 一人の男が死を前にして、枕元に息子を呼んだ。

 彼は先々代の左大臣を務め、帝の信任も厚い男だった。

 仕事には非常に熱心であり、自身も誰よりも真心を込めて尽くしてきたと自負している。仕事においても、私生活においても清廉潔白を貫いてきた彼が最期の時を迎えようとする今、息子に「唯一にして最大の罪」を告白したのだ。


 はじめは真面目に聞き、最期の言葉を書きとめていた息子であったが、次第に顔が青ざめていく。

 文字も腕も、さらには全身が震え紙も筆も取り落とした。


 言葉を吐き終えた男がこの世を去ると同時に、息子の呼吸も止まってしまった。

 

 その死に顔は、恐怖に歪んでいた。

 圧倒的な恐怖の根源は誰にも分らない。

 最期の言葉を聞いていた者は死に、書き取ったメモは震えた文字で判読ができない。



 誰も男の罪を知ることがないまま、当事者たちは死に絶えてしまった。

 何が起きたのかは、誰も知る術を持たない。

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