「それで、ドロレス。あなたこんな時間にこんなところで何をしていたの?」

 彼女は涼しげに答える。

「観想と懺悔。聖堂でやることなんて、それしかないわ」

 そのとぼけた回答に、わたしは顔をしかめるしかない。

 ──もしかしてこちらをだまそうとしているのだろうか? だとすると、名乗った『ドロレス』という名前も本名かどうか怪しいものだ。……とはいえ、それは無意味な誤魔化しだ。後から面通しすれば、すぐに特定できてしまうのだから。とくのこの女のような容貌は、一度見たらもう間違えることはないだろうに。

 見たところ聖堂には他に人はいない。仮に彼女が何を企んでいようが、人ひとりでできることなどたかが知れていた。

 わたしはひとつ、咳払いをした。

「とにかく、ドロレス。自室に帰りなさい。懲罰は後日、下されます」

「ふふ。やっぱり、あなたってわたしのお友達によく似ているわ」

「あのねえ! あなたいい加減に──」

「ごめんなさい」彼女はじっと、哀願するような目でこちらを見た。「もう少しだけ、ここにいさせて。まだ、観想と懺悔の途中なの」

「──」

 その迫力に、わたしは思わず引き下がった。


 月明かりの中、『ドロレス』は目を閉じて座ったまま、じっと観想を続ける。

 そんな彼女のことを、わたしは少し離れてみていた。

 額と鼻筋、顎の曲線は優美な横顔を作っている。月明かりの下、閉じられた目は、世界の秘密を憂いているかのようで……。

 つまり、彼女は美しかった。

 ──そして、彼女のことを美しいと思う自分が嫌になった。

 何かを美しいと感じるということは、すなわち、別の何かを醜いと感じることと同じだ。自分が世の中から嘲りを受けるその悪意の根源が、自分の中にもあるということを、否が応でも自覚させられてしまう。

 そう考えると、わたしはなんだか腹が立ってきた。目の前にいる彼女に対して、何か言ってやりたくなり、思わず悪意が口をついた。

「あなたみたいなのでも、懺悔するような罪を犯すことがあるのね」

 彼女は顔を上げ、こちらを見る。

「『あなたみたいなの』って?」

「だから、あんたみたいな美人ってこと。……人から愛されて、なんでも手に入れることができるような顔をしておいてさ」

「そう……でもね、わたしたは罪を犯したの。何よりも恥ずべき罪、永遠に許されない罪──わたしは、大切な友人たちを、裏切りました」

 ──まったく大業な言いぶりじゃないか。あたかも自分が世界の中心だと思っているかのようだ。

「もしかして、その友人たちって、さっき言っていた『ヘレンさん』のこと?」

「ええ」

「ふうん。……もしもあなたの友達のヘレンさんが、本当にわたしに似ているっていうのなら──たぶん、あなたのことを許さないでしょうね」

「そうなんです」と、彼女は寂しそうに笑ってみせた。「ヘレンさんは、わたしを憎んで、蔑みました。……でも、良いんです。わたしはそうされて当然の人間だから……」

 彼女はまた目を閉じ、観想に入った。

 

 いったいどのくらい時間がたっていたのだろうか。わたしはいつの間にかうとうとしてしまっていた。

 ふと気がつくと、『ドロレス』はわたしのすぐ目の前に立っていた。そしてなんだか顔を覗き込んできていて──

「──うわっ」

 慌てて立ち上がるこちらをみて、彼女はくすくすと笑った。

「驚かせてごめんなさい。なんだか気持ちよさそうに寝ているもんだから」

「……それで、もう気はすんだ?」

「ええ。待っていただいて、ありがとうございました」

「部屋まで送ります。懲罰については、後日、申し渡します」

 二人で並んで、扉に向かって歩く。数歩の間無言だったが……わたしは思わず声を出した。

「さっきはごめんなさい」

「あら、なにが?」

「わたし、あなたを傷つけようとして、わざとひどいことを」

「いいんです。それがわたしの罪なんですから──」

 聖堂の扉を開けて外に出ると、いつの間にかドロレスの姿は消えていた。

 あくる日、わたしは自治会に対して昨夜の出来事を報告した。

 しかし、ドロレスという名前の女生徒は数名いたが、いずれもあの晩の彼女とは違っていた。

 その後、全校生徒の面通しも行ったが──あの彼女と同じ美しさを持つ人間は、ひとりとして存在しなかった。


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聖女ヘレンは美しくない乙女の守護聖女である。 プロ♡パラ @pro_para

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