③
「それで、ドロレス。あなたこんな時間にこんなところで何をしていたの?」
彼女は涼しげに答える。
「観想と懺悔。聖堂でやることなんて、それしかないわ」
そのとぼけた回答に、わたしは顔をしかめるしかない。
──もしかしてこちらをだまそうとしているのだろうか? だとすると、名乗った『ドロレス』という名前も本名かどうか怪しいものだ。……とはいえ、それは無意味な誤魔化しだ。後から面通しすれば、すぐに特定できてしまうのだから。とくのこの女のような容貌は、一度見たらもう間違えることはないだろうに。
見たところ聖堂には他に人はいない。仮に彼女が何を企んでいようが、人ひとりでできることなどたかが知れていた。
わたしはひとつ、咳払いをした。
「とにかく、ドロレス。自室に帰りなさい。懲罰は後日、下されます」
「ふふ。やっぱり、あなたってわたしのお友達によく似ているわ」
「あのねえ! あなたいい加減に──」
「ごめんなさい」彼女はじっと、哀願するような目でこちらを見た。「もう少しだけ、ここにいさせて。まだ、観想と懺悔の途中なの」
「──」
その迫力に、わたしは思わず引き下がった。
月明かりの中、『ドロレス』は目を閉じて座ったまま、じっと観想を続ける。
そんな彼女のことを、わたしは少し離れてみていた。
額と鼻筋、顎の曲線は優美な横顔を作っている。月明かりの下、閉じられた目は、世界の秘密を憂いているかのようで……。
つまり、彼女は美しかった。
──そして、彼女のことを美しいと思う自分が嫌になった。
何かを美しいと感じるということは、すなわち、別の何かを醜いと感じることと同じだ。自分が世の中から嘲りを受けるその悪意の根源が、自分の中にもあるということを、否が応でも自覚させられてしまう。
そう考えると、わたしはなんだか腹が立ってきた。目の前にいる彼女に対して、何か言ってやりたくなり、思わず悪意が口をついた。
「あなたみたいなのでも、懺悔するような罪を犯すことがあるのね」
彼女は顔を上げ、こちらを見る。
「『あなたみたいなの』って?」
「だから、あんたみたいな美人ってこと。……人から愛されて、なんでも手に入れることができるような顔をしておいてさ」
「そう……でもね、わたしたは罪を犯したの。何よりも恥ずべき罪、永遠に許されない罪──わたしは、大切な友人たちを、裏切りました」
──まったく大業な言いぶりじゃないか。あたかも自分が世界の中心だと思っているかのようだ。
「もしかして、その友人たちって、さっき言っていた『ヘレンさん』のこと?」
「ええ」
「ふうん。……もしもあなたの友達のヘレンさんが、本当にわたしに似ているっていうのなら──たぶん、あなたのことを許さないでしょうね」
「そうなんです」と、彼女は寂しそうに笑ってみせた。「ヘレンさんは、わたしを憎んで、蔑みました。……でも、良いんです。わたしはそうされて当然の人間だから……」
彼女はまた目を閉じ、観想に入った。
いったいどのくらい時間がたっていたのだろうか。わたしはいつの間にかうとうとしてしまっていた。
ふと気がつくと、『ドロレス』はわたしのすぐ目の前に立っていた。そしてなんだか顔を覗き込んできていて──
「──うわっ」
慌てて立ち上がるこちらをみて、彼女はくすくすと笑った。
「驚かせてごめんなさい。なんだか気持ちよさそうに寝ているもんだから」
「……それで、もう気はすんだ?」
「ええ。待っていただいて、ありがとうございました」
「部屋まで送ります。懲罰については、後日、申し渡します」
二人で並んで、扉に向かって歩く。数歩の間無言だったが……わたしは思わず声を出した。
「さっきはごめんなさい」
「あら、なにが?」
「わたし、あなたを傷つけようとして、わざとひどいことを」
「いいんです。それがわたしの罪なんですから──」
聖堂の扉を開けて外に出ると、いつの間にかドロレスの姿は消えていた。
あくる日、わたしは自治会に対して昨夜の出来事を報告した。
しかし、ドロレスという名前の女生徒は数名いたが、いずれもあの晩の彼女とは違っていた。
その後、全校生徒の面通しも行ったが──あの彼女と同じ美しさを持つ人間は、ひとりとして存在しなかった。
聖女ヘレンは美しくない乙女の守護聖女である。 プロ♡パラ @pro_para
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