第二十八話 決着!

「え、ウッソ、ルイが、やられてる?」

「冗談でしょ、なにあの女!?」

 私の後ろ、くろりんちゃんと対峙している女二人が驚きの声を上げる。無理もない、さっきまで私たちの車をボコボコにしていた猛獣みたいな女が、カウンタックから降りてきた女性と相対した瞬間、その場に崩れ落ちてKOノックアウトされたのだから。


 カウンタックから降りて来たもうひとりの男性は、砂浜に降りて真っすぐこちらに歩いて来る。ああ、やはりこの人たち只者じゃないな、歩き方ひとつ取ってもモノが違うのを感じる。

 例えば道路工事の誘導員と、交通事故処理の警察官の誘導の姿を比べてみると、明らかに警察官の方がビシッと立っているのが分かる。いわば体に一本の芯が通っているようなのだ。

 この人はその警察官と比べてもなお上を行くかのような、立ち姿の立派さを感じさせる。


 リーダーの指示でカウンタックに向かっていた男二人がその人物と相対する。そして奴らはその人物の正拳突きパンチ前蹴りキック、それぞれ一発ずつで地面を転がるイモムシに成り下がった……やはり、恐ろしく強い。


 ―バチッ、ブブブブブブゥーン―


 背後からの電撃音に振り向いてみれば、くろりんちゃんが阿婆擦れ女の一人にスタンガンを押し当てている。声にならない悲鳴を上げた敵の女は、やがてその場にぐったりと倒れ伏す。彼女は、全員が突如現れた人物に気を取られているスキを突いて、敵の頭数を見事に減らしてみせた。


「あと……二人っ!」

 くろりんちゃんが残った女にスタンガンを構える。にしても彼女、こういった修羅場に委縮もせずに戦えるなんて大したものだ。母親がアウトローに近い仕事をしていたせいか、それとも噂の修羅の国きたきゅうしゅう出身の気骨なのか、とても小学生女児とは思えない。


 私と対峙しているリーダー格の男は、私と謎の人物を交互に見て、やがて意を決したように私に背を向け、謎の人物に向かって走り出す。


 背中を見せたな、逃がすか!


 が、その人物は私に手の平をかざして(まぁ任せて)と意思を伝える。たしかにこの人は只者では無いが、このリーダー格の男も明らかに格闘技経験者、しかも体格は敵の方が上回っている。もし万が一があれば助け舟を出さざるを得ないだろう。


「うらぁっ、シッ、シィッ!!」

 悪漢が間合いに入って左ジャブを放つ。が、謎の人物はそれをまるで蚊でも払うように片手で弾く。敵はそれでも意を決して、大砲のような右ストレートを顔面目掛けて撃ち放つ!


 ビキィッ!

「ッ、ぐあぁぁぁぁっ!」


 嫌な音の後に、敵は自分の右拳を痛そうに包む。なんとあの人、明らかに余裕で相手のパンチに頭突きを合わせて拳を砕いた……やはり、格が違う。


 彼はそのまま左手で相手にデコピンを入れる。パッチィン! と痛そうな音を立てて敵の顔が上がった所に、横薙ぎのチョップがカツンとアゴを叩き、顔面を横倒しにする。


 それで終わりだった。敵は一歩動こうとして、そのまま足が付いてこず、うつ伏せに倒れ伏した。これがよく言われる『脳を揺らして体を動かなくさせる』というやつか。まるで演舞のように完璧なKO劇に、おもわず感嘆の溜め息が漏れる。


「ひ、ひ、ひぃっ! 冗談じゃないよ」

 最後に残った阿婆擦れ女が身をひるがえし、自らのホイホイに入って行こうとする。だがそんな虫のいい話は無いだろう、お嬢ちゃん。


「待ちな!」

 女のベルトをひっつかんで、ウィンドウから引きはがして砂浜に投げ転がす。

「なんか忘れてないか嬢ちゃん、俺を殺して解体するんだろう?」

「ひ、ひ、ひっ・・・・・・」

 ガクガクと震え、涙目になる女。当然私がさっきこの女に告げた「お返し」の約束を忘れてはいないはずだ。

「あ、あれは……ちょっとした、冗談だよ、そんなの、する、わけが」


「それを言われた相手がどれだけ怖い思いをするか、ちょっとは思い知ったか!」


 甘えた言い訳をする女に怒鳴りつける。自分だけが特別で、相手を傷めつける立場に当然のように立てると思っている餓鬼には、例え女でもきっちりお灸を据えておかなければまた同じことを繰り返すだろう。


「は、はいぃぃ……ごめんなさい、ごめんなさい、もういいません~~」

 這いつくばって涙声を上げる女。これで完全に更生するとは思えないが、とりあえずいい薬にはなっただろう。少なくともこの場ではもう無害だろうな。



「お兄さん、ずいぶん痛めつけられているね、大丈夫かい?」

 そう声をかけて来たのは強者の彼だ。見た目三十代半ばくらいだろうか、身長は私より少し低いし痩せ型ではあるのだが、その腕も足も見事に締まった筋肉を纏っており、太い首や広い肩幅が鍛え込まれ肉体を強く印象付ける。


「本当に助かりました、貴方は命の恩人です、ありがとうございました!」

「ありがとうございました」

 私が、そしてくろりんちゃんが深々と頭を下げる。本当にこの人が来てくれなければ一体どうなっていたか……危機管理リスクヘッジの甘さを大いに反省するべきだろう。


「おーい、そっちも終わったねー」

 海岸の方から、さっきの女性とヒカル君が歩いて来る。幸いヒカル君は見た目ケガとかはしていなさそうだ。

「ヒカ君っ、大丈夫?」

 駆け出すくろりんちゃん。私とその男性もそれに続いてふたりに合流する。


「改めてありがとうございます。石川の放送局からラジオ中継を流している、椿山 湊つばきやま みなとと申します」

「夏柳くろりんです」

「白瀬ヒカル、です」

 三人並んで、改めて二人にお礼を述べる。なるほど彼らを並んで見るといかにもお似合いの夫婦なイメージがある。


「私はこの先で、空手道場を営んでいます、大熊 優斗おおくま ゆうとと申します、本当に間に合って良かった」

「妻の大熊 蘭おおくま らんです。本当に驚きました、まさか今この世界で町内放送が聞けるなんて」


「そう、それそれ! ヒカ君本当にすごいよ。あの状況で放送を流すなんて」

「うん、本当にお手柄だったね」

 くろりんちゃんに続いて私も彼を誉める。この人たちを呼んだのは間違いなくヒカル君と松波さんのお手柄だ。彼の好判断が細い生存の糸を繋いで、二人の命の恩人を呼び出してくれたのだから。


 でも、それに対してヒカル君はうつむいたまま、何の言葉も返さなかった。



「で、あいつらどうしますか?」

 大熊氏が倒れたり座り込んでたりする六人を見回して言う。確かに色々な意味で放っておくわけにはいかない連中だ。放置して回復されたのちに仕返しを企む可能性もあるし、何より彼らが何者で、どうしてホイホイの中に入らなかったのかは知っておきたい。


 ふと、遠くからサイレンの音が聞こえて来た。やがて海岸線を走る一台の車が、赤ランプを灯しながらかっ飛んでくる。あれは……兵庫の鐘巻さんの覆面パトカーだ! 本当にここまで駆け付けてくれたのか、彼にも本当に感謝しかない。


 派手なブレーキ音を響かせて停車した車から降りた鐘巻さん、開口一番「ご無事ですか」と声をかけて来た。

 こちらが大丈夫ですと返した後、彼は大熊夫妻と周囲に倒れるチンピラ共を見て、全ての事情を察したようだ、さすが刑事さん。


「私どものお仲間を救っていただき、ありがとうございます。兵庫県警の鐘巻です」

「空手道場を営んでおります大熊と申します。あの暴漢たちの処理をご相談したいのですが……」


「それなら、手近な警察署の留置場にでも、ぶち込んでおきましょう」

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