第二十五話 不穏な影 (神奈川)

「で、この接続を同期して周波数を合わせると繋がります」

 富士宮市のホームセンターにて、ヒカル君が山頂で出会ったみなさんに「バルサンラジオ」の放送を地元の放送局に繋ぐため、そして町内放送で流す為のやり方を解説している。


 聞いている面々もスマホで録画したり、メモを取ったりして真剣に聞き入っている。富士登山を終えて人生の目標を見失った後に、思わぬやる事が出来たことにより身が入っているようだ。


 彼らは各々別の登山口から登頂したのだが、ラジオの為にと下山はみんな富士宮ルートを選んで、五合目から車で乗り合わせて富士宮市内まで降りて来た。

 接続の解説を受けた後、それぞれがお互いの地元に帰り、「バルサンラジオ」を流して生存者を探す作業に入るのだ。


 ちなみにバスの運転手さんがいた事から、それぞれ別ルートで登山した人には、その起点の駐車場まで送ってもらう事になっている、ご苦労様です。


「というか湊さん、五合目の駐車場に結構車あったよね。誰か登ってるって思わなかった?」

「うん、まぁ、富士山だから、ああいうもんだと思ってた」

 確かに自分たちが富士登山すべく五合目まで車で行った時も、駐車場には結構な台数の車が居たのだが、有名な観光所だし車が放置されていても不思議じゃないかと思ってしまったのだ。

 でもまぁ、それを言うならくろりんちゃんも、ヒカル君も気付かなかったのだが。


 一通りの説明を受け、ホームセンター内で必要な機材を物色した後、私たちはしばらく雑談と情報交換を続けていた。

 人と話す、というのは本当にためになる。このありがたみは人類がほとんど消えてしまった世界だからこそ身に染みる。会話で得られる情報、自己啓発、各地の情勢からお互いの人間性に対する関心まで、本当に人間とは群れて暮らすもんなんだなぁと改めて実感する。


「赤ちゃん抱いて一緒に入って行ったヒトもいたわね」

「ペット同伴の人もしってるよ」

 ホイホイに対する情報も色々知る事が出来た。基本ウィンドウが出現したのは人間だけだが、愛玩動物などを伴って入る事も出来るし、年の幼い子供は一緒に連れ込むこともできるそうだ。酷い親になると子供を子供のホイホイに押し込んでから自分のに入る者もいるとか……子供が中で幸せに暮らしている事を祈るばかりだ。


「ホイホイから出て来た人っているんですか?」

 私の質問に全員が首を横に振る。まぁ私も見た事が無いし、多分そうだと思ってはいたが。

 それでも私は妻や娘を、いつかホイホイから出してやりたいと思っている。彼女たちが望まなければ余計なお世話かもしれないが、それでもその動きが日本中、そして世界中に広がれば、ひょっとして世界を元通りに出来るかもしれないのだ。


 そのためにも、もっともっと大勢の生き残っている人達が力を合わせ、知恵を出し合って協力していきたい。その有効な手段としてラジオがあるのだから、本当に松波さんのアイデアには感謝である。


「その考え、素敵ですね」

「俺なんか富士山登ったらホイホイ入ろうと思ってたから、尊敬するわ」

 そう称賛してくれる人たちに対して、くろりんちゃんやヒカル君が自慢げに胸を張ってふふんと息をつく。彼らがここまでしてきた仕事の成果を考えれば当然嬉しいだろう。こういう評価も人が大勢いればならでは、だな。


「ひとつ、いいかな」

 手を挙げてそう言ったのは、角刈りに筋肉質な体をした、見た目五十歳くらいの男性だ。

「私は兵庫県警で刑事をやっています、鐘巻一かねまきはじめと言います」


 びくぅっ! と全員が固まる。そりゃそうだ、社会が機能しなくなって以来、誰もが食料や水、燃料や生活機材なんかを無断拝借している、つまり窃盗行為に身に覚えがあるのだから無理もない。今もまたホームセンターで色々失敬したばっかりだし……


「あ、いや。みなさんが生きる為にした事をどうこう言うつもりは無いですよ。私もいろいろ頂戴してきましたから」

 その言葉に全員が溜め息を吐き、よかったーと安堵の表情を見せる。


 が、続いての彼の言葉は、新たな不安の塊を胸に植え付けるものだった。


「生き残っているのが皆さんのように、真っ当な人とは限りません。悪人や犯罪者がラジオに反応して出てくることも十分あり得ます」


 ざわめく一同。考えてみれば確かにその通りだ、社会が死んだことで犯罪へのタガ・・が外れ、何をしてもいいと考える者もいておかしくない。私も北九州に行った時、そういう人でもいいから会えないかなんて思ったものだが、今にしてみれば愚かだったかもしれない。


 悪意を持った人間というのは確かに存在するものだ。まして法の縛りのないこの世界なら尚更だろう。

 殺人者、強盗犯、強姦魔、虐待、サディズム、破壊衝動、銃撃快楽者、爆弾魔。そういった輩がこれ幸いと暴れまわる可能性も否定できない。


「そんな人は、とっくにホイホイされてるんじゃ?」

 確かに。好き勝手にやりたい輩にこそ、このホイホイの中はうってつけだろう。ただ……

「入り損ねた。または入る時機を逸した。そういう人の存在は否定出来ないよ」

 私の言葉に全員が表情を曇らせる。現に私がそうだったし、今この世界に残っている人にも思い当たる節はあるだろう。


「なのでみなさん、自己防衛の手段を考えておいてください。最低でも車から離れなければ身を守る箱になりますから」

 鐘巻刑事がそうまとめる。確かに備えあれば憂いなしだし、次回のラジオでは是非そのあたりを話題にしてみるのもいいだろう。


「『鐘巻一の防犯ラジオ講座』とか流せばいいかも」

「あ、それいい!」

「うっ、ヤブヘビだった、かも」

 ヒカル君たちの提案に、鐘巻刑事が思わず苦笑いする。でも確かに必要で有意義な放送になるだろうから是非お願いしたいものだ。


 結局、その日は夜までホームセンターの駐車場で雑談を続け、みんな店内や車の中で一夜を明かす事になった。



 翌朝から、みんなはそれぞれの故郷に出発していった。私達も次の目的地、神奈川県の横浜市に向けて車を走らせる。


 富士山の疲れを癒すために、今日は一日オフを貰っている。なのであの匿名掲示板にいた神奈川の人を探しに行ってみる事にした。


”神奈川です、こんな時にサーフィンしてる人いました・・・・・・私ですけどw”

 そう書き込みがあったのを覚えている。なら本場は湘南だろう、もしそこでサーフィンをしている人に出会えたら、またひとり掲示板で縁を繋げられる。



      ◇           ◇           ◇    



「あははははー、ヒカ君こっちこっちー」

「……」

 まぁそんなわけで神奈川県藤沢市、湘南の海で海水浴としゃれこんでいるわけだ。といってももう九月で海にはクラゲがうようよだが、砂浜を駆け回るくろりんちゃんは十二分に楽しんでいる。

 ヒカル君はというと、彼女の水着姿をまともに見られずに赤面しきりである。赤い上下のビキニは布がかなり少なめで、谷間うえ逆三角形したも、ものすごく刺激的だ。ヒカル君にとっては完全に目の毒だろうな、というか彼女ホントに十二歳なのか?


 ちなみにここに落ち着く前に、海岸線を車で一通り流してみたが、残念ながらサーフィン族の姿は見えなかった。代わりに沿岸放送をしている漁業組合を見つけたので、そこにラジオを繋げて放送が流れるようにすることが出来たのは良かったが。


 私は釣りがしたかったのだが、くろりんちゃんが海水浴一択だったので仕方なく付き合う事にしたのだが、やっぱヒカル君の為に釣りにするべきだったかな、男子中学生にとって生殺しだろアレ。



 と、丘の方から音が聞こえた。振り向いてみると、海岸線の道路に一台のワゴン車が止まっている! 人だ、人が居た!


 期待通り、車のドアがばたばたと開いて、中から数人が降りてくる。彼らはこちらに注目しつつ、土手の上から砂浜に降り、こっちに向かって来る。


「あ、人だ。おーいっ!」

 ヒカル君がそう言って手を振る。だがくろりんちゃんはそこから一歩後ずさると、ヒカル君の腕を取ってその後ろに隠れる。


 その原因は明らかだ。車から降りた彼らのその見た目が、あまりにも危険な物だったから。


 男女三人づつ。いずれも二十歳前後の若者だが、男は全員肩から腕に入れ墨タトゥーが走り、いかつく歪んだ顔をニヤつかせ、肩をいからせて歩てくる。

 女の方も全員まともなタイプじゃない。派手に染めた髪をなびかせ、アイシャドーや口紅を派手に塗りたくって、タバコやウィスキーボトルを手にして、まるでオモチャでも見つけたかのような下卑た笑顔をこちらに向けてくる。


「おー、イイ女いるじゃん、俺もーらいっ!」

「へぇ、かわいい坊やいるわねー。おーいボクちゃん、あたしらが可愛がったげるからおいでー」


 第一声でこいつらがロクでもない輩なのが確定した。あの鐘巻刑事が言ったことが、いきなり現実になってしまった。


 斜に奴らを見ながら、後ろにいる二人に声をかける。



「くろりんちゃん、ヒカル君……逃げろ!」

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