第二十三話 富士山の実力

 富士山五合目、朝もやが煙る早朝5時。


「体調ヨシ、食料ヨシ、医薬品ヨシ、服装ヨシ」

「杖よし、天気よし、トイレ済ませよし、防寒対策よし!」

「道順チェックヨシ、機材確認ヨシ、放送準備ヨシ!」

 私、くろりんちゃん、ヒカル君が円陣を組んで、工事の朝礼方式でお互いを指差しながら、登山の最終確認をする。


「それではみなさん、ご安全に!」

「「ご安全に!」」


 さぁ、いよいよ富士山頂を目指す登山、そして頂上での「バルサンラジオ」の放送の時が来た。


 富士宮に到着して9日、私たちは適度な休暇を入れつつ、登山に関する知識や装備品などをホームセンターなどで調達し、昨日からここ富士宮口五合目の登山口で、体を高地に慣らしてアタックに備えて来た。


 観光名所として登山道も整備されている富士山ではあるが、それでも自然の山は危険なものだ。なめてかかって遭難でもすると助けも呼べずに命を落とすか、ホイホイに入るかの二択しかなくなることも考えられるのだから、準備は万全を期しても十分すぎるということは無いだろう。


「いやっほー、すっげー眺め!」

「あはははー、空気が冷たーい」


 こらこら、早速私を置いていくんじゃない若人達よ、まぁ小中学生が富士登山にはしゃぐなという方が無理なのは分かってはいるが。

「おーい、登山の鉄則を忘れたのか? 先先行くんじゃない!」


「あ……すいません」

「すーっ、はーっ、呼吸はゆっくり大きく、でしたね」

「よろしい。はぐれると大事になるし、時間はあるからゆっくり慎重にね」


 六合目を過ぎた辺りから、岩場が剥き出しの急勾配の登りに変わる。さすがにここまで来ると二人も歩みが遅くなる、もし転げ落ちでもしたらどこまで転落するかという怖さが、自然と行軍を慎重にさせる。


 かくいう私も、しんがりを歩いていて熱い汗と冷や汗が混じるのを感じる。思えば今は社会が死んでいるのだ、登山のガイドも、救援のレスキュー隊もいない今、この富士登山も十分に危険が伴うものになっている。


 薄くなる空気と、背負ったリュックに入っている放送機材と、登りの疲労が容赦なく体力を奪っていく。八合目で一度休憩を取り、充分な水分補給と、カロリー補給の為の飴玉を口に放り込んで、いよいよ頂上に向けて登り出す。


「衛生、センター、開いて、なかった、ねー」

「そりゃ、今は、日本中が、オフシーズン、だから……」


 さすがに息を切らしながらも若者二人は会話する余裕があるようだ。まぁくろりんちゃんは特に頂上で放送しなけりゃいけないんだから、喋れる状態をキープして貰わないと困るのだが。

 ひょっとして、ヒカル君はそんな事も考えてくろりんちゃんに話しかけ続けているのだろうか……だとしたらよく気が付く良い子だなぁ。


 九合目、九合五勺と踏破し、いよいよ山頂までの「胸突き八丁」といわれるラストスパートの急勾配に差し掛かる。もう山頂が見上げる位置にある、さぁ、あと少し!



      ◇           ◇           ◇    



「とうちゃーく」

「着いたーーーっ!」

苦しかったせっこかったー」

 富士山頂直下の鳥居に辿り着くなりヘタリこむ三人。ヒカル君は石段に座り込み、くろりんちゃんは鳥居にもたれかかってふぅふぅ息を切らせる。私は持って来た機材の重さに四つん這いになって体を休める。ううむ、子供たちの手前えーかっこし過ぎて荷物を引き受け過ぎたかな。


 呼吸を整え、水分補給を済ませて腰を上げ、いよいよ山頂の絶景へ。本宮浅間大社奥宮を抜けて山頂に立った時……



 私たちは絶句した。登山の達成感でもなく、そこから見える絶景にでもなく。



 山頂の火口を取り囲むように転々と存在する、無数のスマホ大のウィンドウ・・・・・・・・・・・・・の存在に!!



「……うそ」

「あれって……人がホイホイに入った後の、ヤツ、だよね」

「なんてこった」


 なんと、こんなに沢山の人が、ここ富士山頂でホイホイされていた、というのか!



      ◇           ◇           ◇    



「やぁ、また来たねー」


 その声に思わず振り向くと、そこには三人の登山ルックに身を包んだ人が居た。

「え、あ、こんに、ちは!」

「人が居た! あ、すいません。でもよかったー」

「ここで、何を?」


「そりゃまぁ、登れるなら登りたいもんだよ、この中に入る前に、ね」

 すました顔で自分のホイホイを指してそう言う男性。後ろにいるのは男女ひとりづつ、いずれも三十歳前後の人で、おそらくは登山仲間なのだろう。


「君達もこの世の見納めに来たんじゃないの? この中に入ったらもう戻れなさそうだし」

「私達も、最後に富士山の景色見てからって思って」


 ああ、そういう、ことか。


 この世の見納めにと、日本一の山に登ってからホイホイされようと登って来て、それから「向こうの世界」に行った人たちの残骸がここにあるのだ。そして彼らもまたほどなくホイホイの向こう側に行ってしまうのか。


 窓にホイホイされる前に、富士山にホイホイされた人がこんなに居るのか、さすが日本一の山だ。


「私達は、ラジオの放送に来たんですっ!」

 くろりんちゃんが彼らに叫ぶ。せっかくこの日本一の頂で人に出会えたのに、その人たちがほどなくホイホイされるなんて、受け入れられないとの意思を込めて。

「だから、聞いて下さい! 日本にはまだまだ大勢の人がいるんです!」


「ラジオ……だって?」

「社会が、復活したの?」

 今度は彼らが愕然とする番だった。まぁ無理もない、まさかこの週末世界でラジオのネットワークを広げている面々がいるなんて、さすがに想像しないだろう。


「おい、みんなに知らせよう!」

「うんうん、じゃヒロキは右からお願い、私とケイは左から知らせて回るから」


「「「みんな?」」」

 彼らの言葉に私達三人がハモる。今ここに彼らだけじゃなくて、ほかにも?


「ほら、そこかしこにテント見えるでしょ? こっからの死角にも何人かいるはずだし、まだ残ってる人結構いたはずよ」


 そう言い残して山頂を二手に別れて駆け出す彼ら。よく見ると確かにぽつぽつと人影らしきものが見えている!

 いるんだ、まだ。この富士山に惹かれて、集まった人たちが!


「湊さん、私たちも!」

「行こう!」

「いや、ちょい待った!!」

 張り切る二人に待ったをかける。人集めはもう彼らが先行して向かってるんだし、私たちは別の方法で彼らを引き留めるとしよう!


「早速放送を開始しよう! スピーカーを最大音量にしてフライングで彼らに『バルサンラジオ』を聞いてもらうんだ!」


「うんっ!」

「合点!」

 背中のリュックを下ろし、機材やマイク、スピーカーを取り出して電源を入れる。


 この富士山頂の放送は、今からライブ・・・へと姿を変えるのだ!



 ―みっなさーんっ! 石川県の百万石ラジオから、中継がもうすぐ始まりまーっす!!―


 富士山頂全体に、いや日本中に届けとばかりにくろりんちゃんが叫ぶ。


 その声に応えて、山頂のあちこちから人がわらわら湧いて出て、こっちに注目している!


 おお、沢山いるようけおるじゃん、生きてる人が!



 ―みなさんの横に浮いている『にんげんホイホイ』に入らなかった人に送る放送、『松波ハッパのバルサンラジオ』、まもなく放送開始でーーっす―


 三人で顔を見合わせる。アイコンタクトしてうんうん頷き、すぅーーっ、と息を大きく吸い込んで……叫んだ!



「「「聞いて・いって・くださあぁぁぁぁいっ!!」」」

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