第二十二話 仁義なきお好み焼き戦争
「はーいみなさんお晩です、オバンじゃなくてぴっちぴちの女子小学生、夏柳くろりんでーっす。今夜も始まりましたバルサンラジオ、中継車は今回静岡県の富士宮市からお届けしておりまーす」
いやもうすっかりリポーターが板についてきたくろりんちゃん。さすが若者、吸収が早いなぁ。思わずヒカル君と顔を見合わせて笑顔を交わす。
「さて、ここでお知らせです! 十日後のバルサンラジオにて、私たち中継班は何とっ! 富士山頂に登って、日本一高い場所から放送をお届けすることになりましたっ!」
おおー、という歓声と拍手がラジオや無線の向こうから流れてくる。まぁほぼ視聴者全員参加のバルサンラジオだけに、どこかやらせ臭いのはしょうがないだろう。
”それはまたチャレンジな企画ですね”
”登山は危険も伴うので、十分気をつけて下さいね”
「はーい、なので今日からしばらくはこの富士宮市に留まって、十分な準備と訓練をしてから挑みたいと思いまーす」
そう、実はこれが本命の狙いだ。くろりんちゃんとヒカル君(ついでに私)の激務を和らげるために、ここでじっくり腰を落ちつけて、お休み日を挟みながら登山本番だけ頑張ろうという寸法だ。
もちろん登山には万全の準備をするつもりでいる。だが場所の移動や放送の拡大をしなくてすむだけでも日々の余裕はぐっと多くなるものだ。くろりんちゃんは一日三回の放送だけで仕事が終わりだし、私とヒカル君は登山の準備をしながら日々を過ごせばいい。
極論だが、映像の無いラジオなので本当に登山する必要すら無いのだ。放送でいかにも『山頂に居まーす』な空気を出しつつ、この場で放送をしても別に構わないだろう、決行当日に悪天に見舞われたら本当にそうするつもりでいた。
ただ、ヒカル君とくろりんちゃんが富士山に登る気満々なので、晴れたらやはり登らねばならないだろう。なので登山ルートや装備の調達、体調管理に万全を尽くす必要はあった。ううむ、若いっていいなぁ。
「さあてみなさん、富士宮市と言えば、なにがあるかな~」
登山告知が一段落した後、くろりんちゃんがそう話題を振る。ラジオの向こうの面々は『そんなローカルネタ出されても』という感じの空気とざわめきをを伝えてくる。
「そう、富士宮と言えば、焼きそばっ! そして、おこのみやきっ!!」
そう発した彼女に応えて、ラジオの向こうから「おお!」「グルメキター」などの歓声と拍手が起こる。
「なので、今夜は某有名店のしぐれ焼きのお店で今、湊さんがお好み焼きを焼いてくれています! 今日の晩御飯は名物の美味しいお好み焼きだーっ!」
”ええーっ!?”
”うわー、こっちも食べたくなってきた”
”ずるーい、うらやましいいっ!!”
そう、私たちの英気を養うのと、放送のネタを提供するのを目的に、ちゃっかり有名な店にお邪魔してお好み焼きを作っているのだ。幸いこの付近にメガソーラーシステムがあり電気は通っているし、ガスもプロパンなのでしっかり使える、冷蔵庫や棚の中に一通りのものは揃っているとなれば、お好み焼きを焼かない選択肢は無いだろう。
店長さんゴメン、ちゃんと掃除して片付けるし、世界が元に戻ったらお金も払うから勘弁してください。
”お好み焼きと来ましたか、富士宮のしぐれ焼きと言えば、大阪風と広島風のいいとこどりですが、みなさんは何がお好きですか?”
そう話題を振って来たのは愛知のアナウンサー、
「あ、私は広島風が好きですねー」
「えー、あれモダン焼きじゃん、絶対関西風だよ!」
くろりんちゃんとヒカル君がそう発した途端、二人の間に、ぴりっ! とした緊張が走る。
”あー、私も広島派ですね。加能ガニの殻を粉末にしてトッピングするのがブームです”
早速話に乗って来る松波さんの言葉に、くろりんちゃんが「フフーン」というドヤ顔をヒカル君に向ける。
”拙僧は素焼きが好みじゃな、素材の味が生かされておるぞ”
”それナンじゃないッスか!”
修行僧の天禅院白雲氏の言葉に名口さんがツッコむ。ちなみに名口さんは焼きそばの代わりに焼きうどんをお好みに重ねるそうだ……えらいボリュームになりそうだなぁ。
”みんな贅沢ね、お好み焼きはコスパが大切よ”
そう割って入ったのは羽田さんだ。この人は白雲さん支持なのだろうか……
”混ぜる焼きそばはカップ焼きそば『UFO』に限るわ、宇宙と交信するには必須よ!”
……それはコスパの問題なのか、とことんブレない人だ。
”お好み焼きに焼きそばを入れるなど邪道じゃ!”
”えー、私は広島風だなー”
”皆さんは本物のもんじゃ焼きをご存知ないようで”
めいめいが推しのお好み焼きを語り始める。なんかラジオを通してゴゴゴとかドドドとかいう効果音が響き渡っているのは気のせいだろうか……
”「「で、湊さんはどっち派ですか!?」」”
全員が一斉にこっちに話を振って来る、妙な所で息が合うな、ホイホイ回避派一同は。
「まー、仕上げを御覧じろ」
そう答えて焼いているお好み焼きをクルッとひっくり返す。ふっふ、「徳島の鉄板奉行」の異名をとる私にかかれば、お好み焼きの論争などおそるるに足らぬ!
「あー、関西風。湊さんそっち派なんだ……」
「イェァー、湊さんわかってるぅ」
がっかりするくろりんちゃんと歓喜するヒカル君。いや広島風も好きだけど、やっぱ自分で焼くとなると、得意分野で勝負したくなるものなのだよ。
「さ、出来たよ、召し上がれ」
お皿に乗せてソースと鰹節、青のりをたっぷりまぶして二人に差し出す。
「あー、いい臭い~」
「うっまそー、いただきまーっすう」
さすがにお腹が空いている所にソースの臭いが効いたのか、二人とも好みは置いておいてがっつき始める。さぁ少年少女たちの食レポが楽しみだ……
「ぶはっ!」
「ちょ、何こえ……何か甘いのが??」
二人まとめて一口目を盛大に吹く。ああ勿体ない、食材に失礼だぞ。
「それが徳島名物、
”ええーーーっ!?”
”ありえなーいっ!”
”甘いお好み焼き? キモっ!”
”食材に対する冒涜だ!”
なんかラジオの向こうから酷い評価が聞こえてくるなぁ。いや、この甘さがいいんだって。ソースのクドさをさっと中和しつつ幸せな余韻が……
「ないない!」
「ごめん湊さん。これ、いらない」
ひ、酷っ! さすがにこれはショックだぞ。徳島のソウルフードがこの扱いかよ!
結局二人は自分で焼きそばを焼いて食べた。私はというと、三人分の徳島焼きを平らげる羽目になり、翌日は腹を壊して戦線離脱とあいなった……
無駄に休みを消費してしまった、解せぬ。
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