第二十話 謎解き会議 (愛知)
”だーかーら、絶対宇宙人の仕業ですよこんなの、ってか他にありえない!”
”否、これは地球の意思だ。世界が人間を地球から追放すべく仕組んだのだよ、お嬢さん”
”あーもう、ンなわけ無いでしょ。絶対絶対絶対宇宙人の……”
”ちょ、落ち着いて羽田さん!”
三日目の放送は朝からカオスだった。昨日の夜の放送に岐阜県のラジオ局に現れた
で、松波さんがこれ幸いにと、朝の番組を『激論!果たしてホイホイの仕掛け人は!?』などと銘打った特番にしてしまった為、朝から両名の舌戦が展開されているという訳だ。
ちなみに福井に現れた川口さん、「罪を重ねる」なんて言い出すからどんな人かと思ったが、単に未消化のプラモデルを積んでるだけの人でした。
彼は残りのプラモを作り終えたら、一度金沢の百万石ラジオに自信作を持ってきてくれることを約束して、今も自宅でせっせと制作に勤しんでいるそうだ。
「しかし、濃い人しかいないのかなぁ……」
「まぁ、普通の人はこのホイホイに入っちゃってるだろうしねぇ」
ヒカル君の嘆きに私が答える。もうホイホイ出現から二週間以上たっているのだ、それだけの間に己の誘惑に負けないとなると、確かに只者ではあるまい。
「白雲さん、飛騨で山伏修行してたって言ってましたね、仙人みたい」
「言ってる事はうさん臭いんだけどねー」
くろりんちゃんはどっちかと言うと白雲さんの「地球の仕業」寄り、ヒカル君は羽田さんの「宇宙人説」寄りなのも面白い。
「「湊さんは、どう思いますか?」」
二人が同時に私に聞いて来る。うーん、このウインドウの見せる景色ってなんかこちらの感情を読んでくる気配アリアリで、なんか仕掛けに人間臭さを感じる、なので……
「悪の科学者が発明した秘密兵器説!」
「「ないです!!」」
”ありえん”
”バカじゃないですか?”
くろりんちゃんとヒカル君、そしてラジオの向こうから白雲氏と羽田さんに一斉にツッコまれた……おぢさんいぢめるのは良くないぞ君達。
まぁそれはともかく、この『バルサンラジオ』を放送し始めてから今日で三日目、すでに羽田さん、川口さん、そして白雲氏と、三人もの人をラジオに呼び出すことに成功したのは大きな成果だ。
私達
「なんか、寒々としますね」
「うん……本当に『ゴーズトタウン』って感じ」
二人の嘆き通り、大都会のビル群に囲まれた都市の中に人間だけが全くいないその光景は、主を失った世界と言って差し支えない感じだ。
「凄いな、鳥すらも見えない。動いているのって雲ぐらいじゃないか」
そういやあの掲示板で東京の人が『終末感が凄い』って言ってた。人間が築いたコンクリートジャングルには、人が居なくなった後に動物すら寄り付かないのか、本当に『死んだ世界』を連想させる。
そしてもうひとつの懸念が当たった。大都会には向かない風力や太陽光発電所が皆無なため、町のほぼすべての電源が落ちているのだ。十件以上のラジオ局を当たってみたが、どこも電気も通信も死んでいる。
「こちらくろりんでーっす。残念ですが、名古屋市内はラジオ局どこも電気来てません、明日はもっと東に向かいますので、明日以降に期待しましょう」
車に搭載している無線を使った夜の放送にて、大変残念な事実を伝えざるを得ない。人口が多いと生き残りも多いという皮算用は、あえなくご破算になってしまった。
おそらくもうこの街に人はいないだろう。山河が見える自然の中ならまだ何かしらの気配が感じられる。でもこの静寂の大都会の中には、人はもちろん生命のエネルギーすら感じられなかった。もしここで生き残っていたとしても、これではホイホイに入るか他の所に行ってしまうだろう。
「お疲れ様、さ、晩御飯にしようか」
夕食は私が用意した。カンヅメを温め直しただけの簡単なものだが、さすがに成果無しの今日はくろりんちゃんもヒカル君もかなり気落ちしているだろう、こんな時の雑用は大人の仕事だ。
何となくお通夜みたいな食事を終えて就寝する。今日の宿はデパートの家具売り場のベッドのコーナー、くろりんちゃんと出会った北九州のショッピングモールを思い出すなぁ。
「ねぇ、起きてる?」
くろりんちゃんがそう聞いて来る。ヒカル君も私も「うん」と返すと、彼女は切なさそうにこう聞いて来る。
「やっぱりこのホイホイってさ、人間を消すために出て来たのかなぁ」
「……そうかも、知れないね」
今朝の放送でホイホイの正体を論議したせいだろうか、それとも人のいなくなった大都会に一日いたせいだろうか。改めてこの「にんげんホイホイ」の恐ろしさを再認識している自分に気付く。多分くろりんちゃんも、そしてヒカル君も同じなんだろう。
「ね、今、何が見えてる?」
くろりんちゃんが真上に漂うウィンドウを眺めつつそう聞いて来る。そういえばラジオカーで回り始めて以来、忙しさもあってろくにウィンドウの中を見て無かったなと、自分の真上にホイホイを持って来る。動けと思うだけで動いてくれるんだから、テクノロジーとしては優秀なのだがなぁ。
「私は、妻と娘に君達二人を紹介してるよ」
まだほんの数日だけど、二人といる時間は私にとって宝物といえるものになっていた。もし世界が元に戻ったら是非、家族ぐるみでお付き合いをしたいものだ。
「あー、やっぱ
くろりんちゃんが少し残念そうにそう返して来た。
「私は、湊さんが私のお父さんに、ヒカ君が本当のお兄ちゃんになってる」
ずきり、と胸が痛んだ。私は彼女と出会ってからずっと、父親代わりになれたらいいなと思って接して来た。そしてそれはどうやら上手く行っているみたいだ。
でも、もし世界が元通りになったら、その親子ごっこも終わるのだ。それを考えたら私は少し彼女との距離を詰め過ぎてしまったのかもしれない。
そして、彼女は実の母の事は言わなかった。理想の世界を映し出すその窓に母親が居ない、それが意味するところを考えると、彼女の心の傷を察せずにはいられない。
「ホントに、私たちが家族だったらいいのにな」
そう嘆く彼女に、かける言葉が見つからなかった。安直に「家族になろう」なんて言う訳にもいかないし、逆に突き放すような事を言えば彼女は本当にホイホイの中に入って行きかねないから。
「ね、ヒカ君は、何が見えてる?」
その質問に対してヒカル君は自分のウインドウを寝転んだまま見上げる。が、彼は真剣な表情のまま、何も言わなかった。
「あー、もしかしてエッチな世界でも見てるの?」
「見てないよっ!」
相変わらずおませさんな彼女にからかわれるヒカル君。くろりんちゃん、あんまり男子の純情をいじらない方がいいよー、そのうち押し倒されるぞ。
「何も……見えない」
「「えええっ!?」」
そのヒカル君の返しに、思わず跳ね起きる私とくろりんちゃん。今まで欲望の世界を見せて来たこの「にんげんホイホイ」に、何も映っていないってコトは?
「……多分、今が一番『楽しい』から」
そのヒカル君の言葉が、じんわりと胸に染みるのを感じた。
そう、このホイホイはその人が経験した事のない世界を見せることは出来ない。そして今のこの三人の生活は彼にとって、今までに知る事の無かった楽しい時間なんだ。
「湊さん、そして、クロちゃん。僕は、二人が……大好きだ」
両親を事件で失い、かつて自分の
私は少しだけ、世界がこのままでもいいかな、と思った。
◇ ◇ ◇
朝、目を覚ますと、くろりんちゃんがヒカル君の上に折り重なって寝ていた。思わず変な声が出かかったが、服装が乱れていないことを見るにヘンな事があったわけじゃなさそうだ。
多分ヒカル君の言葉に感動したくろりんちゃんが、夜中にこっそりと同じベッドにもぐりこんだんだろう、そういや北九州でも私に同じことをやったんだっけか。
釘を刺しておくべきだとは思ったが、先に目を覚ましたヒカル君が目の前にある小学生離れしたおっぱいを見て、豪快に鼻血を吹き出している間は間違いも起きないだろうし、ま、いいかな。
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