第十九話 つみをかさねたもの
俺は、多くのつみをかさねた。
理想の世界への窓が開いた時、俺はためらわずにその先に行こうとして、ふと思い出した。
この世界に「忘れ物」があると言う事に。
「ふぅ、十六体目完成、と」
見事にウェザリングされたプラモデルの完成品を眺めて思わず顔がにやけるのが分かる。今回の出来は今まででも最高のモノになったな。
手垢がつかないように慎重にケースに入れて、他の十五体の横に並べる。いよいよあと四箱、それが終われば俺もこの窓の向こう、理想の世界に旅立つことが出来る。
昔はこれでも名の知れたモデラーだった。さすがにメーカー専属というわけではなかったが、それでも数々のコンテストで賞を取り、その賞金でまたプラモを買って作る趣味の生活を続けていた。
しかし、突然にプラモのブームは終わってしまった。
原因ははっきりしていた、俺を含む上級者のモデラーが、完成品の合格基準をあまりにも引き揚げてしまったのだ。
今、というよりつい先日までは、誰もが情報を発信できる世界だった。なのでプラモにしても作った作品を、ネットやブログにアップする人は当然ながら大勢いた。
そして彼らのほとんどは、ネットの心無い誹謗中傷に晒される事になる。
「下手糞」「希少モデルを無駄にしやがって」「なんだその塗りキッタネー」「よくそんなレベルで晒せるな」等々、ちょっと腕に覚えのあるモデラーたちは、自分たちの自己顕示欲を満たすために、初心者や子供が作った完成品を見てはボロクソに叩いて回ったのだ。
愚かな事だった。
叩かれた者達は当然、二度とプラモなんか作るもんか! と離れていき、自分を腐した者達への反撃として、モデラーのマナーの悪さと上から目線の態度を広めて回った。
結果モデラーは「プラモ作るのは上手くてもモラルの無い者」として世間からの非難に晒された。あれだけ隆盛を極めたプラモブームは呆気なく終焉を迎えてしまったのだ。
私もまた全盛期は他人の作品を偉そうに批評していた。さすがにあからさまに腐す事はしなかったが、それでもこの界隈がピリピリし出す雰囲気を察するのが遅かった。
初心者をいじめて、その世界に発展なんかあるわけがないのに。
作りもしないプラモを買い集めて、山積みにしたまま放置する事を「罪」ならぬ「積み」を重ねる、と揶揄する事がある。
俺もまたプラモへの情熱を失い、多くの箱を開封もしないままに押し入れに積んでしまっていた。
それから六年、日銭を稼ぐだけの退屈な日常の中、このウィンドウが現れた。中の世界は今の俺が思い描く安直な理想、大勢の美女に囲まれてモテモテなハーレムが映っていた。
(ああ、二十八年生きて来て、俺の理想ってこんなんだっけか)
そう思った時、俺は一つの「忘れ物」を思い出した。
そうだ、私が重ねた「積み」、業界の為に初心者に優しくしなかった「罪」。このふたつの忘れ物を、せめて消化してからにしよう。
残されたプラモを作ろう。この世界に私の生きた痕跡を残して行こう!
◇ ◇ ◇
―ヒイィィィーン―
「な、何だっ!?」
突然、周囲一帯に強烈な電波音が響き渡った。これは確か、マイクなんかでよくある共鳴音、ハウリングという奴だ。
「町内放送? そんなのもうずっと終わってて……」
”ヘイ!、未だに君達の隣の「にんげんホイホイ」に入っていない我慢強いみんな! 今朝も聞いてるかい? 松波ハッパの
「ら、ラジオ、だって!?」
なんと町内放送からラジオ番組が、しかもなんか生放送っぽいノリで流れて来てるじゃないか! いるのか? 人が!
”中継車のくろりんちゃん、ほか二名も元気かい!?”
”はーい、ガンガンいっきましょー♪”
”ちょっと! ほか二名って酷くない?”
なんて、こった。まだ社会は、こんなに機能しているのか?
”えー、私たちは今、岐阜県の八幡町役場でーっす。今しがた機材の設置をヒカ兄さんが終えたので、この町内でもラジオ放送を流しちゃってまーす”
”おっけーおっけー、着々とネット局と地域が広がってるね。この放送を聞いた方は是非最寄りのラジオ局に来て、お喋りしてくださいね、待ってますよー!”
俺はそのまま朝の放送に聞き入っていた。どうやら決して社会が回復したわけじゃない、生き残っている彼らがラジオという手段を使って、懸命に仲間集めをしているんだ。
あのリポーターと、「ほか二名って酷くない」って言ってたの、子供の声に聞こえた。
もし会って、俺の作ったプラモ見せたら、興味を持ってくれるかな。
そうなったら、ぜひ優しく教えてあげたい、残った四体の「積み」で。こんなものが上手いくらいで偉そうに初心者を傷つけた「罪」を少しでも償う為に。
完成品のケースを手に取り、家を飛び出して車に乗り込み、最寄りのラジオ局「カニカニえちぜんラジオ」に向かう。
◇ ◇ ◇
ラジオ放送の中継を始めて二日目、もうすっかりくろりんちゃんもヒカル君も慣れて来ていた。午前の放送を無難にこなし、間もなくお昼の部のスタート。
岐阜県関市の刃物会館に陣取った私たちは、展示されている刀剣や刃物の類をリポートする予定でスタンバイしていた。
―ピッ、ピッ、ピッ、ポーン―
”さぁ午後一時、バルサンラジオお昼の部、はっじまっるよー♪”
”すみません、ちょっとよろしいでしょうか”
「「っ!!」」
放送に聞き覚えの無い声が割って入った、これは、来たか!?
”俺は福井在住の
「「いよっしゃあ、二人目ぇっ!!」」
―自分は今までに、多くの「つみ」を重ねた者です―
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