第十三話 盗み聞き

「ふんふ~ん、お風呂、おっふっろっ♪」

 脱衣所の扉を閉めて服を脱ぎながら私、夏柳黒鈴なつやなぎくろりんはひっさびさのお風呂に思わず鼻歌を歌ってしまう。


 ホイホイが出てからもう十日以上、水道や電気が止まった世界では入れなかったお風呂にまさか旅先で入れるなんて、うん生きててよかったー。


「はふぅ~、気持ちいー♪」


 お湯のあったかさと水の圧迫感が、体の疲れをすいだしてくれるような、懐かしいお風呂の感覚に体が幸せ♪

 ここのお風呂はウチのよりも狭いけど、それでも今の私にとってはとても贅沢だ。


 ま、まぁ私の横に浮いているこのウィンドウに入ったら、どんなお金持ちでも入れないような純金の湯船にでも浸かれるんだろうけど。

 でもなんかそこに行くと、また誰かにスケベな目で覗きでもされるんじゃないかと思ってためらってたんだ。


「うーん、湊さんが居るから大丈夫、だと思うんだけど……」


 思えば今は男の人二人といる。湊さんは信じてるし白瀬さんは「覗かない」って言ってたけど、ほんとに大丈夫かなぁ。


 気になったので湯船から立ち、上にある小窓からそっと外を伺ってみる。窓の外はベランダになっていて、その先の町並みまで見える。ここからなら覗かれることもあるだろうけど、幸いにも白瀬さんの姿は見えなかった、よかった。


「あ、でも……覗くならこんな分かりやすい所じゃないかも!」

 はっとして両手で胸を隠し、ざぶんと湯船に座り込む。どうにも気にしすぎな気もするけど、なんせ今までが今までだったからなぁ。


 胸を手のひらで包んで思わずため息。私ってばどうしてこんなにおっぱい大きいんだろう。まだ小学生なのに背もおっぱいもお母さんより大きくなっちゃってるし


 おかげで林間学校でも学校の宿泊訓練でも、私がお風呂に入ってる時は必ず覗いてる男子生徒が先生に見つかって逃げる足音や先生の怒号が聞こえていた。

 友達の女子からは「クロちゃんがいるからだよー」なんて私のせいにされるし「クロばっかずるいー」なんてわけわかんないコトまで言われてたし。


 だめだ、どうにも気になる。


 白瀬さんは男子中学生だし、湊さんも一応「男」なんだし。

(どこにいて何をしてるのかちゃんと確認しとかないと、落ち着いてお風呂に入ってられないよ~)


 仕方ないのでそっと扉を開け、カゴの中あるバスタオルを巻いて、ぬきあしさしあしで脱衣所から抜け出す、二人の居るところを確認してからお風呂に戻ろ。


 台所にも居間にもふたりはいなかった。足音をたてないようにこそこそ歩いて、廊下の途中にある部屋のふすまが開いているのに気付いた。あそこにいるのかな?




『胸糞の悪くなるお話だな』


 中から聞こえて来たのは湊さんの言葉だ。彼がいるのに安心するはずが、いつもは聞かないそのトゲのあるものの言い方にびくっ、と体がはねる。


『僕、こういう話好きだったんですよ。それが父さんにバレたら思いっきり怒られたんです。『お前は相手の気持ちがわからんのか!』って』

『うん、いいお父さんじゃないか』


 ずきり、と胸が痛くなる。二人は私を覗くどころか、ずっとずっとまじめで深刻なお話をしているんだ。


(お父さん、か)

 私にはいなかった。だから私は男の人が苦手だった。お母さんを捨てた人、私をえっちな目でみる存在。私にとって男性って、それだけだった。


『俺の両親、その”ざまぁ”に、殺された・・・・んです』


 えっ!? という言葉をなんとか飲み込んだ。コロサレタ? 白瀬さんのお父さんと、お母さんまで?


『まさか……CGコンテスト、殺傷事件!?』


 知っている。あれは二年生の時、有名なアニメのデザイナーさんが亡くなった事件。クラスで兄や姉、そしてアニメ好きな親のいる子が、すっごく怒って悲しんでいた、って言ってた。

 白瀬さんのお父さんとお母さんって……


『酷い……話だな。辛かっただろうね』


 私、なんでここにいるんだっけ。白瀬さんが、私のお風呂を、のぞき見する?


『ねぇ、椿山さん。例えば僕が、親を殺した犯人に『ざまぁ』な仕打ちをするのって、正しいと思いますか?』

『君は、あんな輩と、同じレベルに堕ちたい・・・・・・・・・・のか?』


 私のばかばかばか! ふたりともそんな事するひとじゃないのに。


『僕の……このウィンドウの中、あの犯人がいるんです……柱に縛り付けられた状態で、すぐそばの壁には、鬼が使うような金棒やハンマーなんかが、並んでて……でもこれを持って殴ったら、コイツをぶちのめしたら……きっと父さんに、母さんに……叱られる気がして、っ!』


 ……え?


 その白瀬さんの言葉、彼が見ているそのウィンドウの向こうの姿が思わず私にも見えた。 だってそれは……

 私のお母さんが入っていっちゃった先の、光景だから。


『偉いぞ! よく我慢したな、立派だよ!』


 白瀬さんの泣き声と、それをなぐさめる湊さんの言葉を聞いて、私は思わず悲しくて、情けなくなって、その場でぽろぽろと涙をこぼした。


 彼をうたがった私も、中学生の彼でもがまんできることに耐えられなかったお母さんも、わたしがいままでキライだった「男性」の強さ、りっぱさを知らなかった事にも。


 わたしは、まだまだこどもだって、おもいしらされて。


 白瀬さんは、じぶんのことを湊さんにだけ話した。私がお風呂に入ってる時に、ふたりきりで。私には、かなしいことをはなさなかった。泣くところをみせたくなかったんだ。


 それが、男の人、なんだ。



 ふすまの向こうから聞こえてくる白瀬さんの泣き声が、まるで私の涙まで引っ張り出しているような気がした。


 ちゃんと、ごめんなさいを言わないと、ダメだと思った。



『さ、行こうか。』

『はい……ありがとうございます』

 その二人の声をきいて、私もごしごしと涙をぬぐった。


 部屋から出て来たふたりの正面に立って、私は伝えたい事を言った。


「あ、あのっ!」


 私を見たふたりがびっくりした顔で足を止めた。盗み聞きしてたんだからあたりまえだ。それも含めてきちんと謝ろう!


「ご、ごめんなさい。私、私、白瀬さんに失礼な・・・・・・」


「ちょ、くろりんちゃん! すっぽんぽん・・・・・・で何をやってるの君は!」

「……え?」


 下を見る。巻いていたはずのバスタオルはいつのまにか床におっこちて、見なれたおおきなおっぱいがこんにちわしていた。


「き、きゃあぁぁぁぁぁーーーっ!!!」


 両手で胸を隠してその場にしゃがみこむ、やっちゃった、やっちゃった! なんで、なにをやってるのわたしはー!


 湊さんが私から顔をそむけたまま、後ろ手で「しっ、しっ」のポーズを取りながら叫ぶ。

「と、とにかく早くバスタオル巻いて。おいヒカル君、大丈夫か、ティッシュティッシュ!」



 白瀬さん、なんか鼻血ふいて倒れてる……中学二年生だよね。同級生の男子よりなんか……かわいい、かも。



 とりあえずお風呂に戻って、もう一度湯船につかる。なんか私のカオがゆるんでいるのは、決してお風呂がきもちいいせいだけじゃなかった、と思う。


 たぶん。

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