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一方、陽も、京介と市花に引きずられるようにして、トモダチ人形の調査を始めていた。陽と京介に課せられたのは、噂に出てくる焼却炉の場所を突き止めることだった。
西院学院は、中高一貫校であるから、敷地が広い。
どこから手をつけたものかと思い悩んで、陽と京介は二階のテラスから周囲を見渡していた。昼休みのテラスには、のんびりとした空気か漂っている。
見渡す限り新緑が眩しく、手入れの行き届いた学内の草木はどこまでも瑞々しかった。
「なあ、どうする?こんな広いねんで」
中等部からの内部進学組である京介が端からさじを投げているのに、高校からの合流組である陽に妙案が浮かぶわけもない。
「場所、知らないの?」
「知らん。今時、焼却炉とか使わんもん」
「日比野は?」
「日比野は初等部からエスカレーターやけど、初等部はここから場所が離れてるし、条件は俺と一緒やで。それで、あいつどこ行ったん?」
「聞き込み行ってくるってさ」
京介は細い目を更に細めてううんと唸った。
「どうしていいか、さっぱりわからん」
「……取り敢えずは、構内の全体図を把握する必要があるんじゃないかな」
陽が提案すると、京介は急に元気になって陽の意見に賛同した。
「羽山、頭ええなあ!それ、採用!で、どうする?」
「図書館で学内図を探してコピー取って、それ持って屋上かな」
テラスをそよ風が吹き抜けていく。
透明な五月の風だ。まるで二人を屋上へ誘っているかのようだった。
図書館に行ってみると学内図よりももっと便利なものがあった。
入学希望者向けの案内パンフレットである。中等部高等部含めた構内の見取り図もバッチリ載っている。
近々行われるオープンキャンパスのために準備されたものだったが、陽と京介は、そのパンフレットを一冊、こっそり失敬してきた。
校舎の屋上は、転落防止フェンスこそあるが、テラスとして整備されていて、充分に眺めが良い。三六〇度学内を見わたせるし、何より学校自体が高台にあるので、神戸の街を見下ろすことができた。
町並みが絨毯のように続き、その向こうに、きらめく海が見える。
屋上に出た途端、陽は思わず、海に目を奪われた。
神戸に来てから、陽は、海が好きだ。
海は、神戸のシンボルであったし、この街に来ること自体が、陽にとっては希望そのものだったからだ。
それに、海はいつだって、どこか遠いまだ見ぬ世界と繋がっている、そんな気分に陽をさせてくれた。
「羽山、海やなくて学校を見るんやろ」
「あ、うん」
京介につつかれて、陽は、視線を学内に戻した。
「まずは、絶対にないところを潰していこう。次に、怪しいところをピックアップして、地図と実際の方向を照らし合わせよう」
構内図を指し示しながら、陽は言った。
中等部も高等部も、三階建ての校舎に屋上が付いている。イエズス会にあやかって、スペイン風の意匠を取り入れた建築だ。教室は、回廊式に繋がっていて、校舎の中央に中庭を模した吹き抜けスペースがある。
校舎は、すべて二十年前から順次建て替えが進んでいて、五年前に完成した高等部の校舎が、一番新しい。
「新しい校舎には、焼却炉付いてないやろうから、この二つは、まず消しやろ」
京介が、高等部と中等部の新校舎に大きくバツをつける。
「それなら、旧校舎は見てみる必要があるという事になるね」
旧校舎は解体途中だが、まだ工事が始まっていない高等部の校舎であれば詳しく見て回れそうだ。
中等部の旧校舎は、既に足場が組まれ、防音用の養生シートが張り巡らされて、解体工事が始まっている。
「高等部の旧校舎から見て、焼却炉の位置をつかんでから、当たりをつけて中等部旧校舎を見に行こう」
「あとは用務員さんの居る棟の傍。それと今のゴミ置き場の近く。ここら辺は怪しいんちゃうかな」
「クラブ棟も建物が新しいよね。昔はあの辺り何があったんだろ」
「ここからじゃよう見えへんし、クラブ棟の方も行ってみるか」
こうして地図と実際の建物を照らし合わせながら、陽と京介は、探して回るポイントを絞り込んだ。
校庭やプール、中庭、茶室の辺りは見るからに何もなさそうなので、探索ポイントから外すことにした。
「ほんなら、放課後にな」
予鈴まで残り十分を切ったため、昼休みはこれで散会となった。
放課後の調査は、まず、別行動をしていた市花との情報共有から始まった。
下校する人足が落ち着いてからの方が調べやすいという理由もある。
三人は、ロビーの自習エリアに、ノートと入学希望者向けパンフレットを広げて、ああでもこうでもないと言いながら、人波が引いていくのを待っていた。
「で、この後の捜索は、日比野ついてくるん?」
「私、友達の部活終わったら一緒にパンケーキ食べに行くねん」
「ずるい!俺も食べたい!」
「今度な。今日は、パンケーキ付き合う代わりにトモダチ人形の噂、教えて貰うことになってるねん。その他にも、ちょっとオカルトな話したりして、いわば本当にあった怖い女子会や」
「女子会はええわ……」
京介は、急に、塩をふられた青菜のように萎れて言った。
「女子会に男子紛れ込んだら地獄やで」
陽には、よくわからなかったので曖昧に頷いておいた。
「じゃあここからはまた二手に分かれて、結果は明日報告ね」
「うん、じゃあそっちもよろしく」
女子はやっぱり頼もしいなと思いながら、陽は、市花を見送った。
結局、陽と京介は、二日分の放課後を費やして、問題の焼却炉と思しきものを絞り込んだ。
焼却炉は、中等部と高等部の旧校舎に、それぞれひとつずつ。教員の書類焼却用に職員室に併設されていたものがあった。
それから、ゴミ捨て場近くに、ゴミ焼却用の大型の焼却炉が残されていた。
残されている焼却炉は、この3つ。
怪しいと思われていたクラブ棟の裏は空振りで、用務員の居る事務棟は、この二十年の学内の新築ラッシュに伴い建てられたもので、年代的に、焼却炉が併設されるような時期に建てられたものではなかった。
「問題は、この三つのうち、どれなのかって事だよね」
特定する手がかりがない。
「噂の中には、必ず「誰にも見られてはいけない」ってでてくるよね。素直に考えれば、目に付く場所にあるものは候補から外れるんじゃないかなって思うんだけど」
「職員室のところはあかんな。中等部のは高等部の校舎から、高等部のは中等部の校舎からよく見える」
「そうなると、この学内の端っこの、ゴミ用の大型焼却炉。これしかなくなるよね」
「校舎からは死角やし、ゴミ焼却用やから煙や臭い対策で、近隣との位置関係も配慮されてる」
「学内のチャーチからも遠いから、外部の人が偶然通りかかることはないし」
「内部の人間も、ゴミ出しの時にしか寄って来おへん」
二人は、口をそろえていった。
「これが噂の焼却炉!」
二人が結論に達した頃、春とは言え、日はずいぶん暮れかかっていた。
部活が終わって帰りはじめる生徒も多い。
そんな中、テスト前でもないのに、いつまでも自習スペースで熱心に話している二人は目立っていた。
そんな二人の背後から「どうしたの?」と明るい女性の声が掛かった。
驚いた二人がふり返ると、見覚えのある女性教員が小首を傾げて立っていた。
「あー。え、っと生物の……」
教科担任だった。
「
三邦教諭は、困った顔で微笑んだ。
「何話してたの?悩み事?」
「いえ、昔の学校のこと調べてました。その、面白そうだったから」
陽は、咄嗟に嘘をついた。怪談話について調べているとは、何となく決まりが悪くて言えなかった。
「そう。羽山くんは、入学して間もないし、蓮見くんも進級して環境が変わってるから、何か困ったことがあったらすぐに相談してね」
三邦は、人の良さそうな微笑みを浮かべて言った。
どうやら五月病でも起こしているのではないかと心配されたらしい。
「あ、ありがとうございます」
ぎこちない笑顔を無理矢理浮かべて、陽と京介は下校の準備をした。
翌日になって、ようやく市花から新しい噂の報告が上がってきた。
新しいとは言っても、バリエーションが増えたと言うだけで、あらすじは同じだ。
『髪の毛、血、剥がした足の爪あるだけ全部、黒猫のヒゲ、トカゲをあつめ、友達にしたいぬいぐるみか人形を持って学校へ行く。学内の使用されていない焼却炉を見つけ、封印を壊して材料と人形とを焼却炉に入れ燃やしてしまう。この時、誰にも見られてはいけない。火が消えたら「トモダチ人形トモダチ人形、私と遊ぼ、私と遊ぼ」と唱えて後ろをふり返らすに家まで帰らなければならない。失敗すると呪いが降りかかる。お呪いに成功すると、何日か経った夜、燃やしたはずのトモダチ人形が帰ってくる。
トモダチ人形は、大切な人のように振まうので、同じだけ大切に扱わなければならない。ある人は、近寄らないでと突き飛ばしたから、自分もお人形にされてしまった。お父さんもお母さんも、お人形になってしまった理由がわからないから、慌てて病院に入院させた。トモダチ人形を邪険にすると、その罪を償わなければならない』
「何人かに聞いて回ったんやけど、うちの高校で今流行ってるのは、この内容なんよね」
「なんか気色悪いな、剥がした足の爪やて」
「お姉ちゃんの世代の話やと違うんよね」
「世代によって話が変わる怖い話、か」
「そう。もっと上の世代にも聞けたらええねんけど。いつからある話なんやろ」
「うちのおかんにも聞いたろか?俺のおかん、卒業生やねん」
「じゃあ、うちのおじいちゃんにも聞いてみる。OBだって言ってた」
そんな話をしながら、市花は、キョロキョロと辺りを気にしている。
今日も自習スペースを陣取っての情報交換だが、テスト前でもないのにそんなに周囲に気を遣う必要があるだろうかと陽は思った。
「なんなん、日比野。きょろきょろして落ち着きないで」
「うん、ちょっとね。三邦先生おったら嫌やなぁと思って。なんかお節介やろ。私、昨日絡まれてん」
陽は、熱心な先生だな、くらいに捉えていたが、市花は違う意見らしい。
「俺らも昨日絡まれた。なんやろな、見張られてる気するねんよな」
京介もまた、三邦を良くは捉えていなかった。
「わかる。なんか良さそうなこと言ってるけど、腹の中で何考えてるかわからへんタイプ。まあ、こんな噂おっかけてるから後ろめたい気持ちになってるだけがもしれへんけど」
「授業の時も、愛想良く振る舞ってるだけで、ほんまに愛想のええタイプとはちゃうと思うねん。今日もなんか監察されてる感じで嫌やったわ」
よく見てるもんだな、と陽は思い、自分が鈍感なだけかもしれないと少し落ち込んだ。
「そうそう、話変わるけど。二年の先輩でトモダチ人形やった人が居るって話し合ったやんか。あれ、誰なんか突き止めてきてん。手芸部に入ってる友達が教えてくれてんけど」
「話聞けそうなんか?」
「それが今、入院してるんよ」
「入院?」
陽が聞き返すと、市花は周囲をうかがい、声を潜めて言った。
「同じ手芸部に所属してた先輩やねんて。友達が言うには、先輩、それように可愛い人形作ったんやて。昔飼ってた三毛猫に似せて作ったって言うてた。それで、トモダチ人形を試してみた後、一週間くらい様子がおかしくて心配してたら、急に倒れて自宅から病院に運ばれたまま、意識戻らへんのやって」
「様子がおかしいって、具体的には?」
「人形が帰ってきたって言うてたって。燃やしたはずの人形が」
「つまりその先輩は、トモダチ人形に接するのに失敗したってことか」
「友達として、大事な存在として扱えなかったのかもね」
「噂だけやなくて、何らかの実害があるってことか、トモダチ人形には」
京介の顔は、少し青ざめていた。色が白い分、彼の顔色の変化はわかりやすい。
「ちょっと、やばそうな臭いしてきたやろ」
市花は笑っていたが、指先が震えていたのを、陽は、見逃さなかった。
「それで、このトモダチ人形の噂がいつからあるものなのかが絞り込めてきたら、顧問の先生にお出まし願いたいなあと思ってんねん」
と、市花は言った。
「顧問?」
陽には、市花の冗談がわからず首を傾げた。
「そ。例の神学入門の先生」
「部活動やったか?これ」
と京介が言う。
「オカルト研究部?同好会?そんな感じやん」
「噂がいつからあるものなのか調べると言っても、そんな簡単にいくかな」
「一先ず動かねば、虎穴に入らずんば虎児を得ず!」
もう少しで謎が解けそうなもどかしさを感じたまま、今日は散会となった。
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