普段より遅い下校となり、クラブ活動が白熱するグラウンドの端を横切って、三人は、正門へと向かった。

「なんでトモダチ人形の話なんか聞かれたんやろ」

と、京介は、ここでも愚痴っぽく呟いた。

「ま、ええやんか。お菓子とジュース奢ってもろたし」

 市花は、まんざらでもなかったらしい。

「そうかなぁ。あの人、オカルトでも研究してるんか。なあ、羽山」

「俺は、あの人はどっちかというと、神学よりもオカルトを研究しているんだと思う」

 自分の経験したことを思い出して、陽は言った。

「で、結局トモダチ人形ってなんやねん」

「えっ。蓮見、話聞いてた?」

 市花が、ここぞとばかりに言う。

「聞いてたわ!でもなんやねん、話がふたつあるとか何とか」

「俺も、それは気になる」

 陽も言った。それに、メモの言い回しは曖昧で、陽にはよくわからなかったのだ。

「ほな、ちょっと話して帰ろ」

 市花が言い、陽と京介は、学校から一番近い彼女の家に寄ることになった。

 案内された先は、学校から二百メートルほど行った先にあるマンションだった。

「ほんまに近いんやな」

「進学理由、家から近いからが第一位やからね」

 市花の家は、五階の角部屋で、3LDKにウォークインクローゼットが付いている。

「親もお姉ちゃんも仕事でおらへんから、気にせんと上がって」

 市花はそう言うが、陽と京介はそうはいかない。

 家族の留守に女子の家に上がり込む気まずさに、二人の「お邪魔します」と言う声は先細りになって玄関の薄暗がりに消えていった。

 通された市花の部屋は、陽が想像していた女子の部屋とも、京介が想像していた女子の部屋とも異なっていた。インテリアは飾り気なくモノトーン。一方の壁面をまるごとひとつ陣取っている大きな書棚。反対側の壁には、飾り棚が備え付けられていて、棚の中は、特撮番組に登場する怪獣や怪人のフィギュアで埋め尽くされている。

「これ、話しかけてはいけないタイプのオタクの部屋やろ!失望!同じ怪人のフィギュア6つあるし!」

「これは番組放送当時に発売されたソフビ、こっちは後番組にゲスト登場した時の再販、これがソフビシリーズリニューアル時に出たやつで、これは食玩。こっちは自立式で関節可動のフィギュアで……」

「ありがとう、もう大丈夫」

淀みなく話し始めた市花を陽が止める。市花は、不満そうに唇をとがらせたが、

「取り合えず、お茶とお菓子取ってくるからそれから話そ」

と言って部屋を出て行った。

 陽は、まだ食べるのかと思ったが、京介も、まだまだ食べる心づもりらしい。昼食時もそうだが、この二人は人一倍食べてそれでも細いのだから、陽の理解を超えていた。活動量が人より多いのかもしれない。

 陽と京介は、棚に近くに寄るのも居心地が悪いので、部屋の中央に集まって腰を下ろしていた。本棚も飾り棚も、鬼気迫る量の書籍やフィギュアで埋め尽くされているのだ。どうにも居心地が悪かった。

「ベッドには、ぬいぐるみもあるけど、ぬいぐるみまで怪獣やで」

 京介は言い、陽は「あれなら俺も知ってる」と、怪獣の鳴き真似をした。

「あれー、今、私のごもたんの鳴き声が聞こえたんですけどー!」

 バタンと大きな音を立てて扉が開き、市花が部屋にもどって来た。

「羽山、ごもたん好きなん?」

「い、いや。子どもの頃に見たな……って」

 お茶とお菓子ののったトレーを床に直置きすると、市花はずいと陽ににじり寄った。

「子どもの頃見ただけでごもたんの鳴き声覚える?」

 鬼気迫る表情で詰め寄られて、陽は、視線だけで京介に助けを求めた。

「おい、日比野。それよりトモダチ人形の話やろ」

 求めに応じて割って入ってくれた京介に、陽は、拝むような仕草で感謝を伝えた。

 市花はいくらか興奮を冷まして「そうやった」と、陽から距離を取って座りなおした。

「お茶とおやつは適当に飲み食いしといて。そんで、トモダチ人形の話なんやけどね」

と、市花は話し始めた。

「怪談の感覚としては、トモダチ人形って一人かくれんぼの亜種みたいな位置づけで受け止めてる子が多いと思うねんけど、さあここで問題が。この中で一人かくれんぼ知ってる人!」

 市花は挙手を募ったが、京介も陽も顔を見合わせただけだ。

「はい、知らん。やっぱり知らんかった。そこから解説すると、一人かくれんぼっていうのは降霊術の一種で、真夜中に必ず一人で行います。用意するのは、ぬいぐるみ、米、縫い針と赤い糸、自分の爪、ナイフ。先ずはぬいぐるみをナイフで裂いて、米と爪を入れ、赤い糸で縫い閉じる。午前三時に風呂に行って、ぬいぐるみに「最初の鬼は私だから」と三回いい、水を張った風呂桶にぬいぐるみを浸す。家中の電気を消してテレビをつけ砂嵐の画面にする。目を瞑って十秒数えたら、風呂場に戻って、ぬいぐるみの名前を呼び「見つけた」といってナイフで刺す。その後「次はあなたが鬼」と三回唱えて、決めておいた隠れ場所に隠れる。これが一人かくれんぼ」

「それって、そのあとぬいぐるみが鬼になってナイフもって探しに来るって事?」

「そう」

「トモダチ人形との共通項は、ぬいぐるみや人形が出てくるってところと、人形の中に何かの霊魂を呼び込んでるってところかな」

「トモダチ人形に必要な物って、一人かくれんぼよりハードル高ない?髪の毛はともかく、血に猫のヒゲにトカゲって」

「一人かくれんぼはある程度思い立ったが最後、暇つぶし程度でも挑戦できるけど、トモダチ人形は準備が必要やね。それから一人かくれんぼはネットでも有名で全国津々浦々に知られてるけど、このトモダチ人形の噂は、この西院学院の中でしか聞かへんローカルな怪談やねん」

 陽と京介は声を合わせて「へえ」と言った。

「一人かくれんぼって誰でもできそうな感じに、出てくる物もシチュエーションも一般的やねん。一般化されてるって言うか。でも、トモダチ人形の噂は、場所がローカル化されていたり、必要な物が特殊で入手に一工夫要ったりして実行できる人が限られてくるんだよね」

「でも、西院生だったら誰でもできるんじゃ?」

「うちの学校に入るのは簡単かもしれんけど、トカゲだとか猫のヒゲだとかがちょとやそっとで手に入る?つまりこれを絶対やり遂げてやるんやって執着してる人間にしか、トモダチ人形はやり遂げられないんやで。トモダチ人形をやり遂げて何の良いことがあるん?」

「そんなんわからん!お化けに会える以外に何があるねん」

「ちょっとトモダチ人形の話を整理しよう。今のところ、二つ話があるんだったよね」

と陽が言い、市花に話すよう促した。

 市花に寄れば、トモダチ人形の手順はこうだ。


『髪の毛、血、黒猫のヒゲ、トカゲをあつめ、友達にしたいぬいぐるみか人形を持って学校へ行く。学内の使用されていない焼却炉を見つけ、封印を壊して材料と人形とを焼却炉に入れ燃やしてしまう。この時、誰にも見られてはいけない。火が消えたら「トモダチ人形トモダチ人形、私と遊ぼ、私と遊ぼ」と唱えて後ろをふり返らすに家まで帰らなければならない。失敗すると呪いが降りかかる。お呪いに成功すると、何日か経った夜、燃やしたはずのトモダチ人形が帰ってくる。

 トモダチ人形は本当の友達のように振る舞うので、大切に扱わなければならない。ある人は、トモダチ人形と一緒に遊ぶのを断ったので、自分もお人形になってしまった。なので、今日もお人形としてベッドの上。トモダチ人形を邪険にするとその罪を償わなければならない』


「これが私がお姉ちゃんから聞いたトモダチ人形の話」

「手紙で回っていた話よりも具体的だね」

「昔に流行った話だから、今のとはディテールが違うかも」

「ますますわからん!なんでトモダチ人形の儀式やる必要があるねん!」

と、京介が頭を抱えた。

「怖い目に遭いたいから?」

 陽が首を傾げていった。

「そんなん、一人かくれんぼでええやろ。そっちの方が簡単やし」

 言い募ろうとする京介を市花がなだめていると、陽がぽつりと言った。

「わかった。友達が欲しいから、だ」

「なん、て?」

 京介は思わず聞き返した。

「ほら、友達が人形とかぬいぐるみとかしかいなかったら、この子らが動いてくれたらなぁって思うだろ」

「せやからってそこまでするか?」

「寂しいって、結構強い原動力になると思う」

「動機はそんなもんかもしれんけど、やり方が二種類あるのも俺にはわからん」

「メモにあったやつやと、灰をワインに混ぜて逆十字を書く。噂になってるのは燃やすだけ」

「伝言ゲームでもその時その時でずいぶん変わったりするから、何世代も伝わっているうちに変わるんじゃないかな」

「儀式に大事な要素まで変わるかな……。なんか、今流行ってる噂とも細部が違う気がするんよね。友達に聞いて見よかなぁ」

「お前、俺ら以外に友達おるん?」

「いてます!クラスが違うだけやし!」

 ぼすんぼすんと京介を怪獣のぬいぐるみで攻撃しながら、市花が声を荒げた。

 ぬいぐるみの攻撃を防ぎながら、京介が言う。

「ほんなら、この噂のこともう少し調べてみようや。なんか面白いことわかるかもしれへんし」

 陽が反対する前に、市花がこの話に飛びついた。

「賛成!噂の出所とか突き止めたら、久我先生も喜んでくれはるんちゃうかな?」

「よし、やろ」

 陽は、自分は降りるとも言えず、流されるままにトモダチ人形の噂を調査することになったのだった。

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