陽が東京から観崎家に来てからの三日間、陣五郎と奈江は、眠れずに夜を過ごした。昼間は無事でも、夜になると得体の知れない力が、陽の安全を脅かすからだ。

 二人が傍について祈っている限りは、その不可思議な力による攻撃は鉾先が鈍るように思えたので、奈江と陣五郎は、自分たちの寝室に陽を迎え入れ、交代で祈りながら夜を明かした。

 昼間も、できる限り仮眠を取るようにして夜に備えた。

 奈江は、タイミングを見ては、根気強く、陽のこれまでの話を聞き出した。

 その聞き出したところに寄れば、こうした状態が陽の母の死後、四年にわたって続いているという。

 陽は、とても弱っていた。

 無理もない、と奈江は思う。

 学校へ行っている間に、母が自宅の庭で焼身自殺したのだ。奈江自身も、娘の死から立ち直れず一年以上夫と二人でカウンセリングに通った。

 その間、陽は、ひとりだったのだ。

 てっきり父親とその後添えが、ケアをしてくれているとばかり思っていた。

 娘の自殺を口実に絶縁されても、孫が幸せならと思っていたが、そうではなかったのだと、今回のことで、奈江も陣五郎も思い知らされた。

 これだけ弱り傷ついた状態であれば、不眠や悪夢に苛まれるのは何もおかしいことではないと奈江は思っている。

 奈江も、それなりの信仰心を持っているつもりだが、陣五郎ほどではない。

 やはり科学的な知識の方が聖書の教えに優先してしまう。人類の祖先は猿であって、アダムとイブではないと思ってしまうのだ。

 それは陣五郎も同じだと思っていたはずなのに、今度のこの孫の件については、二人は見解を異にしていた。

「あれはな、あのまま俺らが見たそのままのことがあったんや」

と、陣五郎は言った。

 奈江は、陽の思春期の心の動きに取り込まれ集団ヒステリーを起こしたくらいが妥当なのではないかと思っている。

「俺かて昔はそんなものあるはずがないと思とった。でも、人間には説明のでけん事が実際に存在する。脳の病気とか心の傷とかそんなものじゃ説明のつかんことが起きとる」

 陣五郎は、遠い昔を思い出すかのように言った。その後もしばらく思い出に浸るようにしていたが、唐突に言った。

「よし、金城きんじょうのじじいに相談するか」

「金城先生?引退しはったのやなかった?」

「息子には逃げられたけど、孫娘が跡を継いでくれたて言うとったわ」

「せやけど、金城先生いうたら、それこそ脳の病気や心の傷の専門家やないの」

「そやから頼むんや。こちらの領域で済む問題なのかどうか、見分けてもらわなあかん。まあ、孫が同じようにやっとるかは分からんけどな」

 陣五郎と金城辰造たつぞうとは、中学高校の同窓生だった。何十年という時を過ごす中で他の同窓生たちとは疎遠になったが、細々と縁が続いている数人のうちの一人だ。

 そろそろ縁が切れようかという頃になると何か問題が起こって奇縁が繋がるという間柄である。今回とて、そうだった。

 既に引退している身であることも手伝って、辰造との連絡はすぐに取れた。

「おうおう、俺や。観崎や」

とざっくばらんに告げると

「どうした。珍しな」

向こうからも遠慮のない返事が返ってきた。

「頼みがあってな」

 そう言うと辰造も少し息を呑んだようだった。

「……お前んとこの病院は、まだ“あれ”はやっとるんか」

 辰造の返事は重々しかった。

「やってる。今は、孫がな。引き継いでくれとるわ……」

 そこで、一度会話は途切れた。

 先に口を開いたのは辰造だった。

「お前の孫に“あれ”が起きたんか」

「……確信はない。でも、そうかもしれん」

「そうか。それなら、明日の昼から来い。午後はほんまは休診やけど、年内は明日が最後や。孫に時間空けてもらうようにしとくからな」

「すまんな、孫さんによろし言うといてくれ」

「構わん、構わん」

といって、辰造は笑った。

「あいつは、わしの跡を継ぐて決めた時に、覚悟を決めてる。大丈夫や。ほな明日な。何があっても来いよ」

「ああ、明日な」

 陣五郎は、腹を括り直して、電話を切った。


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