9(裏).伯爵家の勝手口─とある愚か者の末路─
伯爵令嬢に仕える従者だった少年・リュウが、当の令嬢本人によって身体を入れ換えられ、ニーナとなってから、およそ半年後。
元リュウなニーナ(偽)は、デビュタントの場で第三王子と知り合った結果、少女漫画か乙女ゲームのヒロインめいたムーヴを無意識(?)にこなしてしまった挙句、あっさり
結果、王子との縁談は、周囲の祝福のもと実現に向かって動き出し、半年後──入れ替わった日から見るとおよそ1年後の吉日に、ふたりは婚礼に臨むことになる。
しかし──ここで疑問に思わないだろうか?
一年後と言えば、“リュウ”が“武者修行”から帰って来る頃だ。
そもそも、誰にもバレていないならともかく、伯爵家の首脳陣はふたりの入れ替わりを知っているはずなのに、何故、この縁談を積極的に進めたのか。
それに関連して、物語を担うもう片方の人間──冒険者となった元ニーナなリュウ(偽)の方はどうなっていたかと言うと……。
見事なまでに
ギルバート王子が“ニーナ”を口説き落とした日から、遡ること数日前。
王都のゴート伯爵邸を裏口から訪ねる青年の影があった。
言うまでもなく、リュウ(中味ニーナ)だ。
元々、形式上は失踪や出奔ではなく主家の許可を得たうえでの“武者修行”だったため、特に悪びれることなく帰還したのだが……。
案に相違して、リュウ(偽)は人目をはばかるようにして、屋敷の地下室に監禁されることになる。
「え……ちょ、なんで!?」
両親(この場合、リュウのだが)から、多少のお説教くらいは喰らうかもしれないと思っていた“リュウ”だが、さすがにここまで厳しい対応されることは想定外だった。
「よくも抜け抜けと顔を出せたものだな、痴れ者め!」
しかも、座敷牢に閉じ込められた“彼”の前に姿を現したのは、
彼らが何故それほどまでに怒っているのか理解できなかったものの、このままではあまり楽しくない事態が待っていると予感した“リュウ”は、慌てて自分達の“事情”──「ニーナとリュウの入れ替わり」を口にしたのだが、伯爵たちの反応は冷ややかだった。
「知っておるとも、馬鹿娘」
「まったく、“こんな愚かな真似”をするとは……甘やかし過ぎたでしょうか」
伯爵夫人が取り出した「換魂の指輪」を見て、既に入れ替わりのネタがバレていることを覚る。
なるほど、それなら、実の両親が出張ってくるのも仕方ないか──と、納得した“リュウ”だったが、彼らが怒っているのは、単にその事だけが原因ではない。
「冒険者パーティとして活動していたはずだが、仲間ふたりはどうした?」
「それに、“武者修行”期間は1年ではなかったのですか?」
夫妻の質問を聞いて、答えに詰まる“リュウ”。
そう、伯爵家の力(権威と財力)をもってすれば、公的機関(冒険者ギルド)に本名で登録した人間を捜し出すくらいはたやすい。
“リュウ”の動向など、彼が屋敷を出て1月後には伯爵家では掴んでおり、そのまま然るべき人員に監視させていたのだ。
「無責任にふたりの女性に手を出し、孕ませたうえ、切羽詰まって逃げ出すとは……」
「それでも元貴族の娘ですか! 場末の
つまりは、そういうことだ。
“あの”騒動のあと、“リュウ”は結局、年上の女性ミリアと年下の少女リンの両方と肉体関係をもつようになっていた。
挙句、両者から妊娠を告げられ、どうしていいかわからなくなり、実家に逃げ帰ってきた──というのが今回の真相だった。
怖い顔をした元両親に責められ、切羽詰まった“リュウ”は、とっさに右手の「換魂の指輪」を外す。
元の身体に戻れれば、どうにでもなる。“リュウ”のやらかしを元従者に押し付けることも不可能ではないだろう、と思ったのだが……。
「──やはり“そう”したか。やれやれ」
「本当に見下げ果てた性根になったのですね」
なぜか何も起こらず、依然として“彼”はリュウの身体のままだった。
数ヵ月前の冒険時に、“リュウ”が一度死亡し、蘇生の儀式を受けたことを皆さんは覚えているだろうか?
あの時、“ニーナ”──リュウの魂が入ったニーナの身体も一時失神して、伯爵家ではちょっとした騒ぎになっていた。
もっとも、ベッドに横たえ、医者を呼んで来るまでの間に意識を取り戻し、医師の診断でも特に異常は見受けられなかったため、単なる貧血・立ち眩みの類いと判断されたのだが……。
実はこの時、ニーナとリュウの心身に大きな変化が生じていたのだ。
“蘇生”とは、死によって身体から離れた魂を呼び戻し、神の力を借りて元の身体に結合させる儀式魔法だ。
そして“リュウ”の場合、換魂の指輪の力で仮初にくくりつけていた「ニーナの魂」が「リュウの身体」から抜け出た状態だったのを、神の御名において両者がキチンと繋がれたことを意味する。
──すなわち、元ニーナ(の魂)にとって、すでに今の(リュウの身体に入っている)状態こそが“自然”となったのだ。
その余波を受けて、「リュウの魂」と「ニーナの身体」も同様にキチンと繋がれた状態になっている。
「つまり、今の──そして今後のお前は、まごうことなくゲント家の長男リュウそのものだ、ということだ」
「付け加えると、仮にもう一度換魂の指輪を使っても、もはや貴方の身体から魂を抜き取ることはできませんよ。“蘇生”を受けるというのはそういうコトです」
「反面、瀕死になっても魂が体から離れがたいという長所もあるのだがな」
危険な冒険者を続けるなら、割と役立つメリットではないかね、と皮肉げに嘲笑うゴート伯爵。
「し、しかし、それならせめて、ゲント家のリュウとして伯爵令嬢の護衛に復帰……」
「させるワケがなかろう」
すがりつくような“リュウ”の言葉を伯爵が一蹴する。
確かに、諸々の面で信頼がおけない人間を、「大事なひとり娘」の身近に置くことなぞ考えられまい。
「そうそう、ゲント家の家督は、“貴方”の姉のカンユが婿をとって継ぐことになりましたから」
伯爵夫人が追撃をかける。
要するに「この
呆然とするリュウは、そのまま今回の一件を他言できないようにする「
その後、ミリア&リンと一悶着はあったものの、監視していたゴート伯側の人間が(主家からの命令で)フォローを入れたこともあって、結局3人の男女は無事(?)くっつき、冒険者夫婦として活動を続けることになる。
リュウの素性については、「元勲爵士家の人間だが今回の妊娠騒動が実家にバレて勘当された」というカバーストーリーがミリアたちには伝えられた。
「(やれやれ、お館様も面倒なコトをおっしゃる。まぁ、乗りかかった船か……)では、また明日な。
ミリア、リン、お腹も大きくなってきたのだから、そろそろ安静にしておれ。
リュウ、明日はソーソンのやつらと臨時徒党を組んで、南の森に出かけるのじゃから、遅れるなよ」
「ちっ、わーってるよ、ビルダー!」
「貴方って最低の屑ね!」と実家(二重の意味で)から見放されたリュウだったが、チェントーに帰って(返されて)からは、憑き物が落ちたように浮ついた部分がなくなり、「堅実で相応に頼りになる魔導師」として評価されるようになった。
周囲は「嫁さんができて子供が生まれることで、一家の大黒柱としての自覚が生まれたんだろう」と好意的に見ているが──知らぬが仏とは、まさにこのことだろう。
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