7.まずはお友達から
(そりゃあ、「また、お会いできますか」とは言ったけどさぁ)
「まさか3日と開けず来られるようになるとは、思いませんでしたわ」
溜め息をついて、テラスにしつらえられたテーブルの向かいに座り、のんびりとアフターヌーンティーを楽しむ青年──「メッシュさん」ことギルバート王子をジロリとニラむ。
「ん? どうした、ニーナ?」
まるで無邪気で罪がない風を装っているけど、あの目を見れば僕にはわかる。
この人、“私”が呆れてるのをわかってて言ってますわね!
「おお、そう言えばそなたが作ったというこの焼き菓子はまことに美味だな。我はさほど甘いモノは好きではないのだが、これなら幾つでも食べれる気がする」
──こんな風に女心をくすぐる殺し文句を、照れもなく真っ直ぐ口にされるあたり、天然タラシの資格大アリ、ですし。
「お口に合ったようで幸いですわ。それより、近衛騎士隊のお仕事はよろしいんですの?」
「フ……所詮、我などお飾りの隊長に過ぎぬ」
唯我独尊を地でいくような態度のこの方には珍しく、自嘲のような口ぶりにハッとします。
「疎まれている? メッシュさん──いえ、ギルバート殿下が、ですか!?」
初めて王子と出会った夜、お父様に言われた言葉が脳裏によみがえります。
ギルバート殿下は、ありていに言うと「妾腹の子」と言うべき存在です。もっとも、国王ともなれば正妃以外の愛妾を作ることも別段珍しくはなく、血筋を絶やさないという観点から、推奨される場合すらあるのですが……。
問題は、殿下を産んだ母君が一介の侍女であったことです。
無論、王宮、それも内宮に務める女官ですから、それなりにしっかりした身元の女性ではあったものの、父親が一介の準男爵でしかなかったのは、さすがに身分に差があり過ぎました。
すったもんだの挙句、殿下を身ごもった母君は侍女の職を辞して実家に戻り、そこで殿下を産み育てられました。そして、12歳になった際に殿下は王家に引き取られ、母君は修道院に入られたのだそうです。
「それだけなら、よくある──と言わないまでも稀にある話なのだがな。運が悪いことに、ギルバート殿下はデキが良過ぎた」
「そんなにすごい方なんですか!?」
確かに打てば響くような気持のよい会話を楽しめましたが……。
「剣の腕や軍の指揮に関してなら、第一王子であるアルサル殿下の方が上だろう。逆に内政や外交など政治向きの能力については第二王子のアレク殿下が頭ふたつ抜けているな。
さらに言えば、王位に就くことはまずないだろうが、魔法に関する能力や単純な知識量に関してなら、マリン王女殿下は歴代王族でも有数の天才児だろう。
お三方とも、その得意分野に於いてはいずれもギルバート殿下を上回るであろうが……」
いったん言葉を切って、お父様は溜め息をつかれます。
「逆に言えば、ギルバート殿下は、それらいずれの分野でもおおよそ二番手に位置する技量と才覚を持っておられる。十段階評価の査定表で、10には届かないものの、すべての項目が8をマークしているようなものだな。
そして、国の舵を取る“王”に求められる理想形のひとつは、まさに“高いアベレージ”なのだよ」
王にふさわしい器を持つが故に疎まれる──そんなことをおっしゃっていたお父様の言葉が脳裡に甦りました。
「すみません、嫌なコトを思い出させたみたいで……」
申し訳なさげに私が頭を下げると、目をパチクリとさせられた王子は、一瞬後に爆笑されていました。
「ワハハハハハ! すまぬ。ちと、戯れが過ぎた。心配せずとも任じられた務めはキチンと果たしておるとも。むしろ部下どもからは、「もっと休みを取って欲しい」と懇願されているくらいだ。
もっとも──
そう前置きすると王子は、着任した当初はまさに先程のような理由でふてくされていたこと、先任の第一近衛騎士隊隊長であるお父様に根性を叩き直された事などを、懐かしそうな目で語ってくださいました。
その様子を見聞きしていると、不思議と胸にポウッと温かい火が点ったような気分になります。
年長の、しかも武人である殿方に対して言うのもどうかと思うのですが──ギュッと抱きしめて頭を撫でてあげたいような感覚。こういうのを“庇護欲”と言うのかもしれません。
* * *
それからと言うもの、私とメッシュ様(「ギルバート殿下」と言う呼び方は好きではないそうです)は、性別や年齢、立場の違いというものを抜きにした、気の置けない友人のような
「しかし、貴女も物好きよな。我が王宮や社交界でどのような扱いを受けているか知っておるのであろう?」
「そうですね、格別詳しいわけではありませんが、風の噂程度には」
「ふむ。なれば──貴女の風聞にも悪影響があるやもしれぬぞ」
「口さがない人々のいわれなき中傷などに流されるほど、我がゴート伯爵家も──そして、
それは、特に気負ったわけでもない、ごく当たり前の発言のつもりでした。
ゴート伯爵家は建国以来の歴史を持つ名門・武門の家柄で、お父様──ガンツ・ホリィ・フォーン・ゴート伯自身も、第一近衛騎士団団長兼「赤光の閃剣」として国内外に名前を知られた武人です。
他愛のない噂のふたつやみっつで失脚するほど“ヤワ”な立場ではない──と考えていたのですが、それはある意味正しく、(後に思い知るのですが)またある意味間違いでした。
心無き人々の讒言で貶められた重臣や貴族は有史以来星の数ほどいるのですから。
そういう意味では、私は“まだ”貴族の令嬢としての心得が十二分に足りているとは言えない状態だったのでしょう。
ですが、その
それ以後、我が家を訪われる回数がより増え、それに伴い……。
「な、なんで私が、メッシュ様、いえギルバート殿下の婚約者ということになってるんですか!?」
私付きのレディースメイドとなったセイラから、そんな噂を聞いて、思わず習い覚えた淑女らしさをかなぐり捨てて絶叫してしまいます。
「はしたないですよ、ニーナ様──それに、このように噂になるのは、ある意味当然かと」
居合わせた“メイド長”──母さんが、私を嗜められます。
「まず、ニーナ様は先日社交会デビューを済まされた身。以前から申しあげておりました通り、婚約の申し込みが矢継ぎ早に届いても、“本来は”おかしくないお年頃です。
また、ギルバート殿下につきましては本来そろそろ結婚されていてもおかしくないご年齢なのですが、ご本人にその気がなく、親しい女性の影も全くありませんでした。しかしそこで、急速に親しくなられた貴族令嬢がいるとなれば……」
なるほど。「王子様が私を見染められた」と周囲に見なされるワケですか。
とは言え、所詮は根も葉もない無い噂。しばらく静観していれば、所詮は流行り廃り、移り変わりの激しいゴシップ界のことですし、すぐに話題にならなくなるでしょう。
──いえ、まぁ、
こんなくだらない噂に押されて、メッシュ様と距離を置くというのは、淋し…ゲフンゲフン、な、なんだか負けたような気がして悔しいので!
「私は、メッシュ様とのお付き合いを、これまでと同様、変えるつもりはありません」
よい機会なので、メイド長ならびにセイラに宣言します。
「………本当に、ソレで宜しいのですね、ニーナ様?」
「当然ですわ、ディース。ゴート家長子たるこの私が、その程度の世評に負けると思われるのは心外です!」
泰然自若たるメイド長にしては珍しい、こちらの真意を探るような目つきで私の顔をしばらく見つめた後、ディースは「仰せのままに」と恭しく頭を下げて、部屋から出ていきました。
そして、そんな
今度は“噂”ではなく、王家からの“公報(すなわち事実)”として、「ギルバート第三王子とゴート伯爵令嬢ニーナの婚約」が発表されたのです。
──なぜに!?
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