4.デイズ・イン・ザ・ガールライフ

 僕が、ニーナお嬢様の代役(まぁ、身体は本物なんだけど)を務めるようになって、およそ半月が過ぎた。


 いろいろ不慣れなことも多かった……というか、不慣れなことだらけだったけど、伯爵ご夫妻と母さん──メイド長のおかげで、何とか大過なく“ゴート伯令嬢”という役柄をこなせている、と思う。


 こういう局面ときは、無駄に小器用な自分の素質に感謝するなぁ──もっとも、人生で何度もこんな無茶な状況があったらたまったモンじゃないけど。


 え? お嬢様生活の感想?

 う~ん、そうだね。本音を言うと……至極快適、かな?


 いやだってね、さすがはこの国でも十指に入る高位貴族のひとり娘だけあってさ、衣・食・住のすべてがとんでもなく充実してるんだよ?


 僕だって、代々伯爵家に仕える永代勲爵士(いわゆる准貴族だね)な父さんの子供として生まれ育ったから、普通の平民に比べれば、わりと裕福な暮らしをしてたはずなんだけど──さすが、上級貴族は格が違った!


 陽が昇る頃に極上の羽毛布団の敷かれた天蓋付きのベッドで目を覚まし、自分付きの侍女が洗面用のぬるま湯を持って持って来てくれるサービス付き。しかも、着替えまで手伝ってくれるという甘やかしっぷり。


 いやぁ、ここ2年ほどは騎士見習スクワイアやってて、宿舎の堅い寝台と夜明け前に起床しての朝稽古に馴らされてたから、余計に“寝る事”の贅沢が身に染みたよ。


 朝食に限らず、食事はすべて上質な素材を一流のシェフが丹精込めた代物。もっとも、10歳くらいまでこの家で従僕見習していた頃に食べた使用人用の食事も、素材のグレードがやや落ちるだけで十分おいしかったんだけどね。

 個人的には、むしろお茶の時間に甘いお菓子を色々食べられる事の方が嬉しいかな。一般人(仕官前の僕もギリギリその範疇に入ると思う)には、甘味は贅沢品だからね。


 住・食ときたら残るは“衣”だよね?

 うん、さすがにコレにはだいぶ戸惑った。

 うんと幼い頃には、ニーナお嬢様や姉さんに女物の服を冗談混じりに着せられてからかわれた記憶はあるけど、そんなの5つか6つの頃の話だ。


 社交界デビュー前だから妙齢と言うには少し早いけど、それでもニーナお嬢様は(胸がやや寂しい点を除けば)十分女の子らしい体型をされてる。その胸だって、男の子みたいに真っ平らってわけじゃなく、ささやかながらちゃんと膨らみはあるわけだし。


 ブラジャー、シュミーズ、コルセットにドロワーズ、ペチコートetc──「正直、貴族の女性の下着の着方なんて、わっかりませーん」って言ったら、母さんに怒られて“特訓”させられた。


 おかげで、今では実はセイラに手伝ってもらわなくても一応ひとりで着替えることはできるんだよね~。無論手伝ってもらった方が断然楽だけど。高貴な女性の服のセンスなんかも、いまだによくわかんないし。


 で、午前中は古典や礼法、魔法なんかを、それぞれの担当の先生が教えてくれる。ニーナ様は、コレが嫌だった(正確には、魔法にだけはそれなりに興味を示した)らしい。


 僕はもともと本を読むのが好きだし、礼儀作法に関しても騎士見習として基礎は教わってるから、別段苦にならない──て言うか、好きなだけ勉強できるなんて、むしろ御褒美だよ~。


 中でも、とくに魔法に関しては、この身体の持つ魔力の高さに驚くばかりだ。せいぜい下級魔法くらいしか覚えていないはずのニーナお嬢様でさえ、熟練メイジに匹敵する威力の火炎弾ファイアボールが、いともたやすく放てるんだから。

 本格的に魔術師としての修行をしたら、もしかして宮廷魔術師の地位を狙えるんじゃないかな?


 もっとも、僕は性格的なものかどうにも攻撃魔法は苦手で、もっぱら回復や防御系の魔法しか使わないんだけど、それにしたって一番初歩の空膜エアスクリーンの呪文使っただけで身体の周囲にプレートメイル並の防御障壁が出来るって、どんだけハイスペックなのさ。


 しかも、こう言っちゃなんだけど、記憶力も頭の回転もすごく優秀だ。こんなに恵まれた知力と資質を持っていながら、勉強嫌いだなんて──これが東方で言う「猫に金貨」ってヤツなんだろうなぁ。


 そして、昼食をはさんで午後は“淑女のたしなみ”と称する、お裁縫や刺繍、お菓子作りなんかの練習だ。

 これも、騎士見習として自分と正騎士の先輩の衣類の洗濯や繕い物をやってたり野外訓練時に炊事の担当によくなったりしていた僕には、とりたてて難しいことでもないしなぁ。


 この件に関しては、母さ…じゃなくて“メイド長のディース”がおもな先生で、たまに奥さ…もとい“お母様”も教えてくださるんだけど、ふたりとも「とても筋がいい」と褒めてくれた。


 「驚いたわ。たった一週間でここまでレース編みの腕前が上達するなんて……」

 「フィナンシェの焼き具合も見事ですね。これなら、ご友人方を招待したお茶会で出しても恥ずかしくありません」


 「花嫁修業の天才」とふたりから絶賛されたけど、微妙な気分。まさか、手先が器用なことが、こういうことで役立つなんて──て言うか、もしかして僕自身の人より秀でている分野って“家事”なの!?


 「この才能の半分、いえ四分の一でも、“あの方”にあれば……」

 「ディース、それは言わない約束よ」


 挙句、ふたり揃って落ち込んでし。まあ、気持ちはわかるけどさぁ。

 ニーナお嬢様って「ワイルド&タフ」って言葉が似合う気性の持ち主だったし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る