3.とある新米侍女の呟き

 「ゴート伯令嬢ニーナ・ウィラム・フォン・ゴート」の朝は、優雅な小鳥の囀(さえず)りと共に始まる。


 早起きな小鳥たちがバルコニーに集まり、その啼き声で自然に目を覚ますニーナ嬢。


 「おはよう、小鳥さん♪」


 夜着ネグリジェ姿のままベッドから出たニーナは、サイドテーブルに置かれた小物入れからビスケットを数枚取り出すと、バルコニーに歩み出て、手の中で細かく砕きながら小鳥たちに撒いてやる。


 この部屋に集う小鳥たちの方も、彼女が自分達に害を為す存在ではないと心得ているのか、まったく逃げようとはせず、それどころかまるで甘えるように彼女の腕や肩に止まり、愛らしい歌を聞かせてくれる。


 「失礼します」


 控えめなノックとともに部屋に入って来たニーナ付きのメイドは、柔らかな朝の光の中で小鳥たちと戯れる主の姿に目を奪われる。

 それは、まるで地上に降りた女神か天使のような有り様だった──と、後にメイドは同僚達に語った。


 しかし、それも一瞬。

 闖入者の気配に小鳥達は飛び立ち、一幅の宗教画の如き光景は崩れ去る。


 「おはよう! 貴女は新人のセイラ、だったかしら?」


 ニコリと微笑みかけられて、なぜか顔を赤くしなが慌てて頭を下げるメイド。


 「は、はい。朝のお支度の手伝いに参りました」

 「そう。では、お手数だけど、お願いね」


 高貴な美少女からこのように曇りのない優しい笑みを向けられては、たとえ年上の同性と言えど、なんとなく得した気分になると言うものだ。


 (それにしても、噂ってアテにならないわねぇ)


 ニーナの身支度を手伝いながら、新米メイドのセイラは、この屋敷に勤めるようになる前に聞いたニーナ嬢に関する噂と、目の前の実情との乖離に首をひねる。


 (以前聞いた噂では、ゴート伯爵様のお嬢様は、とんでもないじゃじゃ馬で、伯爵ご夫妻も手を焼いておられるって話だったけど。こんなに上品で優しい方じゃない)


 21歳という年齢でありながら、すでに3つの貴族の家で働いた経験を持つセイラの目から見ても、ニーナほど“淑やか”とか“可憐”という言葉が似合うレディにはお目にかかったことがなかった。


 (まさか、「美人で聡明で気立てのいい貴族の娘」なんて物語に出て来るお姫様みたいな方が、ホントに実在するとは思わなかったわ~)


 ご両親である伯爵も伯爵夫人も、貴族らしい気品を備えつつ目下の者へのさりげない労いを忘れない“真の貴族”様だし、他の使用人の方達も気さくでいい人ばかり。スカウトに乗って正解だったなぁ──と、しみじみ自らの幸運を噛みしめるセイラ。


 しかし──もし、目の前の“少女”が、セイラの「過大評価」を知ったら、微妙な表情で苦笑したことだろう。

 皆さんご存知の通り、この“ニーナ”の中味は、本物のニーナの乳姉弟である騎士見習の少年リュウだったからだ。

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