第3話
公園に着くと、ベンチに座るそれがすぐ目に入ってきた。黒い日傘の中に隠れた、黒いワンピースの少女。
こんな残暑に子供を遊ばせる親もいなくて、公園は彼女の貸切状態だった。
ここにいる可能性が一番高いとは思っていたが、予想通りいてくれたことにほっと安堵する。
近づいて隣に座ると、ようやく気がついたのか傘が持ち上げられた。現れた容姿は人形のように精巧でいて、小動物のように愛くるしいものだった。
「もう、遅いよお姉ちゃん!」
楓が頬を膨らませながら言う。何か吹っ切れたかのような、無邪気な表情だった。
「『探さないでください』って書置した人間の言葉とは思えないんだけど」
「まあ、どうせ探しにくるだろうなぁって思ったから」
楓の額に軽くデコピンをする。「いてっ」と良いリアクションを見せる彼女に対して、私はあくまで穏やかな口調を意識しつつ言った。
「ねぇ楓、私が何を言いたいかわかる?」
「うん、まあ大体」
「そう、じゃあ話は早いね。私たち、普通の姉妹に戻らなくちゃいけないと思うの」
数秒の沈黙が流れる。
そんな中で楓が一瞬だけ顔をしかめたのには、実の姉である私じゃなければ気づけなかっただろう。
返事をするより先に彼女は手招きをして、私を日傘の中に迎えてくれた。
それからまた無言で見つめ合う時間。
結局楓が口を開いたのは、私が耐えかねて言葉を加えようとしたちょうどその瞬間だった。
「いやだ」
まあ、こっちも楓がなんで返してくるか大体予想はついていた。
先ほど第二ラウンドは勘弁と言ったが、戦わなくちゃいけない時もある。今が多分、その時なのだろう。
「まずスキンシップが多い。ほら、今だってどうして私の腰の後ろに手を回してるの?」
「お姉ちゃんと離れたくないから」
「それ、そういうところだよ。普通の姉妹は私たちみたいにベタベタしないの」
楓がばつの悪そうな表情を浮かべる。そして余計頑固になってしまったのか、傘を私に預けて今度は両腕で私に絡みついてきた。
「なんで普通じゃなきゃダメなの?」
「普通でいることで自分を守れるから。ほら、お母さんが死んじゃって普通でいられなかった時期は色々大変だったでしょ」
「それはそうだけど……」
「大丈夫、楓は頭も運動神経もいいし、何よりかわいい。私なんかがそばにいなくてもきっと幸せになれるよ」
小さな頭を優しく撫でる。不服そうな唸り声と気持ちよさそうな猫なで声が混ざったような何とも形容し難い声が聞こえてきて、私は思わず微笑んでしまう。
これで納得してもらって、一件落着といきたかった。しかし、楓はまだ言い足りないことがあるようで、私の腹部に顔をうずめたままこもった声で言った。
「ねぇお姉ちゃん。七年前くらいかな、最後にこの公園に来た時のこと覚えてる?」
「うん、覚えてるよ。お母さんがの形見の大切なハンカチを無くしちゃって、楓が一人で探しに行ってくれた。結局この公園に落ちてたんだよね」
突然話題が変わったことに驚きつつも、私は答える。
頷いた楓はそのまま言葉を続けようとしているように見えたが、どうも何かをためらっている様子だった。
それを見て、なんだか嫌な予感に襲われる。私の予感は、悪い時に限って当たることが多い。今回もそうだった。
「私知ってるんだよ、無くしたっていうのは嘘だってこと。本当はいじめっ子に隠されたんだよね」
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