第2話

 失踪の原因について、心当たりがないわけじゃない。昨夜、私と楓は口論にも満たないようなちょっとした言い合いをした。


 きっかけは、進路についての考えの不一致。私と同じ高校に進学すると言い出した楓に対して、私はもっと学力の高い学校を選ぶべきだと反対した。

 楓は要領が良く、成績だって私よりずっといい。だからこそもっと上を目指すべきだと、本人のためを思って言ったつもりだった。しかし、それがどうも不満だったようで。


「はぁ、だからってこんな暑い日に家出しなくても……」


 照りつける日差しに、汗と愚痴がこぼれ落ちる。記憶を漁るのも億劫になるような、クラクラっとくる暑さだった。


 というわけで過去のことを考えるのはほどほどにして、これからのことを考えよう。楓を見つけてたらまず何と言うべきだろうか。

 ごめん、と謝るのは違う。私の意見は常識的に考えて間違っていないはずだ。

 じゃあ昨日の続きをするかと言われるとそれは流石に気が引ける。第二ラウンド開始は勘弁。


 と、ここまで見つけた後のことばかり心配していたが、そもそも見つけられるのかという問題があるのを忘れていた。

 正直なところ、そこはあまり心配していなかった。あんなメッセージを残して行くぐらいなので、楓は私が来るのを待っているのだろう。こっちが予想できるような場所にいるはずだ。


 候補はいくつか浮かんでいた。昔よく遊んだ公園が近所に三つほどあり、おそらくそのうちのどこかに楓はいる。

 こういうシチュエーションの場合、行方を消した人物は思い出の深い場所にいると相場が決まっているのだ。


 というわけで、自宅から最も近いチューリップ公園に向かって私は歩いている。

 時間帯的に日光は斜めから当たっていて、日陰が大きいのがせめてもの救いだった。

 小さい頃、楓と二人でこの道を歩いたことを思い出す。お揃いの麦わら帽子をかぶって、硬く手を繋いでいた。

 あの頃の私たちは普通の姉妹だった。普通でいられたからこそ、毎日が楽しかった。


 母が病気で他界したのが七年前。

 私たちが普通の姉妹でいられなくなったのも七年前だった。

 当時の私たちは、普通以上にお互いにすがっていないと耐えられないような状況にあった。何をするにも二人で肩を寄せ、周囲から奇異な目で見られようともそれを続けていた。

 母の死というのはそれほどまでに大きかったのだ。


 あの時はああするしかなかったから、後悔はしていない。しかし、未だにそういった依存関係が残っているというのは問題視しなくてはならない。私たちは成長して、楓ももうすぐ高校生になる。そろそろ普通の姉妹に戻らなくては。


 昨日はそういった理由で進路について反対したのだが、楓はちゃんとわかってくれているだろうか。

 姉妹だからって、ずっと一緒にいられるわけじゃない。お母さんがいない寂しさを二人で埋め合う日々はもうおしまいだ。楓には、自分の人生を歩んでほしい。

 ただ、それだけだった。

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