探さないでください
揚羽焦
第1話
ある夏の土曜日、目が覚めたら妹の楓が家にいなかった。休日は絶対に昼まで起きてこないあの楓が、なんと朝の七時時点で外出をしていたのだ。
ただ単に予定があった、とは考えられない。これは緊急事態である。
というのも、楓は思春期真っただ中の中学生にしては珍しく、家族に予定を逐一報告するタイプだった。しかし、唯一の家族である私が今日の予定について何も聞かされていないため、突然失踪したと考えるのが自然なのだ。
注釈。唯一の家族と言ったが、一応父親はいる。単身赴任かつ仕事が忙しいらしく、月に一、二回しか返ってこないのでここでは除外させてもらった。
話を戻して、午前七時二十分。この二十分間、私はとりあえず普段通りのルーティンをこなしていた。目玉焼きとウィンナーをフライパンで焼いて、夕食の残りのサラダと共にプレートに盛り付ける。これを二人分。一つは自分のテーブルに置き、もう一つにはラップをかけた。
と、ここであることに気がつく。さっきも言ったが楓は休日朝起きてこないので、当然朝食など食べない。今日は土曜日なのに、私は平日のルーティンワークを行っていたのだ。
お急ぎで炊いた白米をほぐしていた手が止まる。しゃもじがするりとすり抜けていき、炊き立ての米の塊と共に足の甲へと落下してきた。
「熱っ!」
どうも、私は動揺しているみたいだ。
こんなドジをしているくらいなら連絡の一つでも入れてみたらいいのに。なんて考えが一瞬でもよぎった私は、まだ少し寝ぼけているらしい。
テーブルの上に二つ並んだスマートフォン。白いケースの方を手をに取って、私は大きくため息をついた。
実を言うと、私もあまり朝強い方ではない。さっきから実の妹を散々だらしない人間のように語っておいてなんだが、私も休日は基本的に十時くらいまで布団の中にいる。
今日七時に目が覚めたのは、意図していない目覚ましがセットされていたからだ。
そこでも平日と休日を間違えた、というわけではなく、今回に関してはれっきとした他者による犯行である。
手に取ったスマホを開くと、ロック画面には「探さないでください」と打ち込まれたメモ帳のスクリーンショット。これが七時の目覚まし付きで枕元に置かれていたわけで、なんとまあ露骨な書置か。
楓は外見こそ小動物系の愛らしさをしているが、内面は意外と打算的だったりする。いや、こんなにも露骨なやり方を打算的と評価してしまうのは姉としての贔屓目が入っているかもしれない。
いや、それでもやっぱり楓は打算的な人間だ。私という人間をよく理解したうえでこのような手段を取ったのだろう。
この世の中は結果がすべてである。結果として、私は気付けば部屋着のまま真夏の炎天下に飛び出していた。
「楓のやつ、ほんとにめんどくさいなぁ」
掌の上で転がされているようで癪だったため、放っておこうかと思っていたが、やっぱりそんなことはできない。楓が心配だ。
なんたって彼女は、たった一人の家族なのだから。
繰り返しになるが、一応父親はいる。現在単身赴任中だ。
ごめんお父さん。今度帰ってきた時にはおいしいものいっぱい作ってあげるから。
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