第16話「スポーツテスト! 前編」


「はいみんなー!! 準備体操はしっかりねー!!」


 体育教師の声が飛んだ。

 グラウンドでは体操服を着たお嬢様達数十名が、これから始まるテストに向けて、じっくりと準備運動をしていた。


 体操服の色は一律して赤色だ。

 なんでも学年によって色が違うらしく。


 1年が赤色

 2年が青色

 3年が黄色


 なのだそうだ。

 今ここにいるのは1年生ばかり。


 そんな中、あたしの闘志はこの体操服の赤のように、激しく情熱的に燃え上がっていた。


 来たぜ……あたしが輝けるビッグイベント!


 そう、スポーツテストだ!!


 今日はスポーツテスト。

 種目は一般の高校で行われるそれと相違はないらしく、シャトルランやハンドボール投げ、長座体前屈など、一般的な種目となっている。


 普段なら高得点を取ることだけを考えるが……今日は違う。


 今日は忌々しきあいつとの決戦の日だからだ。


 あたしは前方で準備体操をしている金髪に視線を向ける。


 するとその視線を感じたのか、金髪がこちらを振り返りやがった。

 あたしと金髪の敵対心に満ちた瞳が交差する。



 『死んでも負けませんわよ』



 あいつの瞳がそう訴えかけてきているのを受け取った。


 けっ、上等だ。

 圧倒的なまでに叩き潰してやる。


 正面で準備体操の先導をしていた体育教師が、顔をこちらに向けて生徒達を見回した。


「よーし! 準備はできたかしら!!! これから、最高に楽しいスポーツテストを開始するわよー!!!!! いえーーーい!!!」


「「「……」」」


 やけにテンションの高い体育教師に、お嬢様達は無言で返した。


 なんで無駄にテンション高いんだあの教師は。

 そいつは茶髪をショートカットに切り揃えた、なんだろう、元気なポメラニアンみたいな先生だ。


 あいつのあだ名はポメにしよう。


 とか言ってあだ名つけてるが、あのポメがめちゃくちゃすごい奴である事を、ついさっき琴音から聞いている。


 実はあのポメ……前回のオリンピックで陸上100メートル、リレーの二種目で金メダルを取っているらしい……。


 本気でガチすげー奴じゃん!!


 やっぱこの学校えぐいわ……オリンピック金メダリストを体育教師にするか普通……。


「あらあらみんな元気ないわね! お姉さん……か・な・し・い・ぞ?♪」


 まぁ、性格はかなりキツそうだが。


 てかこうなると、担任のハナチャンが何者かめっちゃ気になって来るな。

 この学校の教師はおそらくなんらかの分野の化け物なんだろう。


 ここは日本一のお嬢様学校。

 並大抵のやつがここで教師をできる訳がねぇ。


 ポメもオリンピック金メダリストだし。


 スローテンポを極めたハナちゃん……いったい何者なんだ?


「じゃあ早速始めましょうか! 手元にあるプリントで各クラス毎に持ち場に移動してね!!! レッツ〜〜〜〜パーティタイム!!!!!」


 ポメの痛い掛け声で、お嬢様達がクラス毎に固まって移動を始めた。

 種目の中には体育館での競技もある。


「ミズキちゃん。わたし達は何からだっけ?」

「あたしらはまずハンドボール投げだな」


 あたしは七瀬と共に歩きながら、所定の場所まで向かっていく。


 とりあえずあたしらはグラウンド。

 一種目目は『ハンドボール投げ』だ


 まぁやる事はボール握って投げるだけ。

 以上だ。


 投げる順番にこれといったルールはないらしく、それぞれ2回ずつ投げて良い方を記録する。


 B組のクラスメイト25名が集合し。


 まず先陣を切ったのは


「琴音様!! こちらがボールになりますわ!!! 100回はタオルで拭いておきました!!」

「ありがとうございます静流さんっ……では、がんばりますっ……!!」


 パーフェクトお嬢様『西條琴音』だ。


 まぁ、他のクラスメイトも琴音に道を開けてたし、何より金髪のバカが琴音を優先させてっからな。


 ボールを琴音に渡してんのも金髪だ。

 あいつまじで琴音の舎弟だな。


 琴音が手のひらより大きいくらいの、白いボールを右手で受け取る。


 そして投げる為に、定位置の小さい円内に入る。

 この円内から出る事なくボールを投げなければならない。


 女子の平均はどうだろう……まぁ温室育ちのお嬢様ばっかだし10メートルくらいか?

 20なんて超えりゃ相当のもんだろう。


「いきますっ!」


 琴音が気合の入った声を入れ


「てやぁ」


 続いて可愛らしい声をあげながら右手を振りかぶった。



 ボールは琴音の手を離れ…………ぽとん、と落ちる。



「「「……え」」」


 瞬間、クラス全員が同じように困惑の声を漏らした。


 係員が琴音の結果を確認する。

 その記録は――



「い……1.2メートル!!」



「「「…………」」」


 いや、琴音ぇぇぇえええ!!!


 おまえ、ま、え、まじか!?


 1.2メートルって幼稚園児レベルだぞ!

 お前はうさぎさん組か!!


 クラス全員が唖然とした表情を浮かべている。

 流石の金髪も今回ばかりは衝撃の様相を浮かべていた。


 琴音は何も言わず静かに沈黙する。


「あ、あの……琴音様……?」


 気づけば琴音の顔が真っ赤になっていた。


 それから恥ずかしそうにこちらを向いて、顔を赤くしたまま微笑んだ。


「あぅ……な、なんだか……すごく、恥ずかしいですね……っ」


 キュ〜ン!!♡


 その瞬間、そんな効果音が周囲から響いてくる。


 それは、あたしさえも無性にドキッとしてしまう程の破壊力。


 こ、こいつ……! 

 普段は落ち着き払っていて余裕に満ちてるから、こういう時の破壊力が凄まじすぎるだろ……!!


「な、なんてお可愛いんでしょう!」

「西條様はさすがですわ……美しさだけでなく可憐さも兼ね備えているだなんて!!」

「苦手分野があることさえ淑やかに思える魅力、あまりにも素敵過ぎます!!」


 周囲ではお嬢様達が口々に琴音を褒め称えていた。


 金髪はと言うと……。


「…………」


 気づけば金髪の口から魂のようなものが抜け出ていた。

 その魂は満足げな表情で天へと昇っていく。


「あ、静流さん!! 大丈夫ですか!?」

「こ、琴音様……私の人生にはもう悔いは……ありませんわ…………」ガクっ

「しっかりしてください〜!」


 死にかけ寸前の金髪に、琴音が懸命に声をかけていた。

 まぁ、そのまま死んでくれ。是非ともな。


 だがまさか琴音にこんな弱点があったとは。

 確かに昨日運動は苦手だといっていたが、まさか幼稚園児レベルの運動神経だとは思わんだろ。


 まぁ、でも人間味が出て良いとは思うな。

 今までが化物お嬢様すぎたからな……あいつ……。


 そんな一悶着がありながらもクラスメイトの投球は進んでいき、10人目が投球を終えた辺りで金髪が目を覚ました。


 周囲に人が沢山いるからか、あたしの背中で影を薄くしていた七瀬が小さな声を出す。


「つ、次は天宮さんだね……!」

「だな」


 あたしは金髪に意識を手中させる。

 そう、今日はお前との対決がメインなんだからな。


 金髪がボールを投げるための円内に立った。


「天宮さん、どうぞ」

「あ、ありがとうございます琴音様!!」


 琴音から嬉しそうにボールを受け取る金髪。

 さっきから琴音はボール渡し係と化している。


 好感度稼ぎとかなんも考えず、純粋な善意だけでやってんだろうな。 

 琴音はほんと尊敬できる奴だ。 


 まぁ、今はそれ以上に。


 あいつの記録が重要だ。


 小さな円内では既に金髪が投球フォームを取っていた。


 その綺麗なフォームを見て、あたしはあいつの自信が正当なものである事を確信した。


 あれは……かなり飛ばすな、あいつ。


 金髪がフォームを崩す事なく、流麗な動作で右手を振りかぶると、その洗練された動作を見たお嬢様達が思わず「わぁ!」と歓声を挙げていた。


 放たれたボールは大きく空を舞い、ぐんぐんと飛距離を伸ばしていく。

 それはこれまでのどのお嬢様とも比較にならないほどの飛距離だ。


 そして結果は


「に、27.4メートル!!!」


 その結果にお嬢様達はさらに湧き立った。


 琴音もはしゃいだようになって金髪に近づいていく。


「静流さんすごいです! こんなに飛ばすなんて!!」

「ふぇ!? え、あ、ち、近い……!! あ、こ、この程度はなんてことないですわっ!♡」


 周囲のお嬢様達も金髪を称賛していた。


「天宮様は運動もお出来になるのですね!」

「さすがは日本中に名を馳せる有名人ですわ!!」

「やっぱ天宮さんと西條さんのスーパーお嬢様カップルは最高だよ〜〜〜!!」


 一瞬知った声が聞こえた気がしたが、まぁ良いだろう。


 それから2球目もほぼ同じ記録で投げ終えた金髪が、勝ち誇ったような顔でこちらを向いた。


「ふんっ。超えられるものなら超えて見せなさい」


 それはあたしに向けられた言葉。

 確かにこいつの運動能力は相当のものだ。他のお嬢様、いや運動を普段からしている女子と比べてもかなり上位にいるのは間違いない。


 だが……あたしには及ばねぇな。


「上等だ。見てろ金髪、お嬢様と女番長の絶対的な『身体能力』の差を教えてやるよ」


 あたしは静かに笑いながら、金髪と入れ替わるようにしてマウンドの円内に立った。


 深く深呼吸をして精神を整えていく。


 よし……準備は万端だ。


「ミズキさん、どうぞ」

「さんきゅーな」


 琴音からボールを受け取って、それを右手で強く握る。


 お嬢様達の視線を背中に浴びながら、あたしは全力で右手を振りかぶったのだった。

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