第17話「スポーツテスト! 後編!」

 

 あたしはボールを右手で握りしめ、大きく振りかぶる。


 そして全パワーを右腕に乗せて全力で振り抜いた。


「「「――っ!!!」」」


 お嬢様達の声にならない驚嘆が聞こえた。

 あたしはボールの軌道を見て、大きく口角を上げる。


 よし……完璧だな。


 投げ放たれたボールはものすごい速度で空中を切り裂き、遥か遠くまで大きく弧を描いて飛んでいく。


 そしてボールが着地した地点は、グラウンドの遥か向こう側。


 係員がそこまで走っていく。

 その記録は



「よ、よよ……45.3メートル!!!」



 その声が響いた瞬間、お嬢様達の間でざわめきが巻き起こった。


「な、なんですかあの記録は……!!」

「自己紹介の時から思ってましたが、あの方もただものではありませんわね」

「でも顔もお綺麗だし、なんだかかっこいい方ですね……///」



 あたしに対する賛辞の声が聞こえる。


 いやー気分がいいなぁ!!

 褒められるっつーのは最高だぜ!!


 っと、今は。


 あたしはしたり顔で金髪の方を向いた。


 すると案の定、金髪は驚愕と悔しさに表情を歪ませていた。


「あ、あ、あり得ませんわ!! 女子がどうすればそんなに……!!」

「だーから言ったろ。これが格の違いって奴だ」

「くっ……………!! うぅ〜〜………悔しいいいぃぃ〜〜〜!!! 悔しすぎて脳が沸騰しそうですわ!!! あなた蛮族を通り越して、もはやゴリラじゃありませんの!?」

「んなっ!! てめぇ、あたしはこれでも女子だぞ!! 誰がゴリラだ!!!」


 勢い余って失礼な事を言ってくる金髪に苛立ちが顔を出す。


 だが七瀬と琴音が自分の近くに寄ってくるのを見て、あたしはその苛立ちを鎮火させる。


「ミズキさん! どうすればあんな記録が出せるのですか!?」

「すごいよミズキちゃん!! ねぇねぇ、コツ教えて!!」

「どへへーそんな言われてもなー!! あっははははは!!! あ、金髪。お前にも教えてやろうか? 投げるコツ」

「きぃ〜〜〜〜〜〜!!!! こいつ半端なくムカつきますわ〜〜ッ!!!!」


 金髪が髪の毛をくしゃくしゃと掻き毟っていた。

 綺麗に整えられた金髪ツインテールも今や無様な様相だ。


「次!! 次は負けませんわよ!!!」

「上等だ!! 全種目でボッコボコにしてやる!!」


 圧倒的に負けてもなお諦めない金髪に、あたしも競争心を刺激される。

 こいつはムカつく奴だが、こういうところは嫌いじゃない。


 諦めない姿勢っつーのは眩しいもんだ。


 ま、あたしには勝てねぇがな。


 ちなみに七瀬のハンドボール投げは9メートルだった。

 なんとも目立つ事のない、コメントに困る記録だった。




 次は50メートル走だ。


 測定は2レーンで2人同時に走って測定する。

 まさに勝負をしてくださいと言わんばかりに。


 だからあたしと金髪は2人で並んで走る事にした。

 2人で横並びになって睨み合う。


「足の速さには自信がありますのよ。50メートル走は絶対に負けませんわ!!」

「言ってろバーカ。結果はさっきと変わんねぇよ」


 係員の合図がかかり、あたしと金髪は走行体制に入る。

 そして出発の合図が放たれ、一斉に走り出す二人。



 結果は。



「また……負けましたわ…………」


「うぃ〜〜〜!!!!」



 がっくりと項垂れる金髪に、あたしは中指を立てながら舌を出して精一杯の煽りをしてやった。


 結果は大方の予想通り。


 中盤程度であたしは既に金髪を抜き去ってゴールしたのだ。


 ちなみにあたしの記録は7.1秒。

 金髪が7.8秒だった


 女子で7秒台は普通にすげぇが、相手が悪すぎたな金髪。


「もう諦めて家に帰れパズル」

「私は静流です!! 次に行きますわよ!!!」


 金髪が闘志を燃やす、が。


 体育館に移動後もあたしは圧倒的な差をつけ。



 全種目でなんと


「だーはははは!!! あたしの勝ちー!!!!」

「くぅ〜〜〜〜〜!!!!」


 あたしは金髪に差を付けて圧勝した。



 金髪が涙を流しながら、地面に四つん這いになってドンドンと床を叩いていた。


「1種目も勝てないだなんて……何かの間違いですわ!! こんな蛮族に負けるだなんて〜〜!!!!! ちっきしょーですわ!!!!」


「ちっきしょーて……お前キャラ崩れてきてんぞ……まぁ、面白いからいっか!! だははははは!!!」


 いやー愉快愉快!

 最高に晴れやかな気分だぜ。


 と、泣きじゃくる金髪の元には女神が舞い降りていた。

 女神――西條琴音が金髪に優しくハンカチを差し出す。


「静流さん、お疲れ様でした。静流さんも十分すごい記録でしたよっ!」

「うぅ!! 琴音様ぁぁ!! ですが、ですが……悔しいですぅぅ!!!」

「ふふっ、よくがんばりましたね」


 琴音が金髪の頭を優しく撫でてあげていた。


「うんうん……尊いなぁ……あぁ、尊い……いと尊きかな…………」

「お前普段影薄いのに、こういう時の存在感すげぇよな」


 手を合わせて拝む七瀬に、あたしはついツッコミを入れてしまう。

 こいつさっきまで居なかったろ。いつ出てきやがった。


 そんなあたしの元へ誰かが歩み寄ってくるのが見えた。

 それは体育教師のポメだ。


 ポメは真剣な眼差しで近付いてくる。


 なんだ……? 

 あたしなんもやらかしてねぇよな?


 体育教師というといつも怒鳴ってくるイメージしかない。

 まぁあたしが悪いことばっかしてたからなんだが。


 ポメに怒られるかと思い身構えるあたしだったが。


 あたしの予想に反して、ポメは目を輝かせながらあたしの手を握った。


「神田さん!! あなたすごいわね!!! 全部の種目でダントツの1位よ!!」

「あ、そうすか……って、それがなんすか?」

「あなた……陸上部に入りなさい!!!」

「へ」

「その才能を活かさないのはもったいないのよ!! あなたなら多分……ううん、必ず私を超えるスーパーウルトラハイパーエクセレントデリシャスアスリートになれるわ!!!!」

「いや、ちょ!! 離して……離せバカ! ポメこの野郎!!!」

「ちょっとあっちで話しましょ!!!」

「やめ……おい、誰か……助けてくれぇぇぇええ!!」


 一流アスリートの腕力は相当のもので、あたしの体は体育館の外へと無理矢理に連れ出されてしまった。



 ※  ※   ※



「ポメの野郎……絶対に許さん…………」


 寮の自室。

 時刻は16時過ぎ。

 今日はスポーツテストのみだった為、学校が終わるのも早かったのだ。


 早く学校が終わった良い日なのに。

 あたしは自分のベッドでうつ伏せになって意気消沈していた。


 そんなあたしに向けて七瀬が苦笑いを返してくれる。


「あはは……あのあと3時間くらい帰ってこなかったもんね……」


 そう。

 七瀬の言う通り、あたしはポメに体育館外に連れ出された後、体育教官室に連れて行かれ3時間にもわたってみっちりと勧誘を受けたのだ。

 全種目のテストが終わったら教室に帰らないとダメだってルールなのに、あの野郎『そんなのどうでもいいわよ!!!』だって。


 あいつ無茶苦茶だまじで。


 しかもあたしが『死んでも入らねぇ』って言ってるのに全然諦めようとしない。

 挙げ句の果てには『私は絶対に諦めないわ!! あなたは陸上の申し子よ!!!』などというトチ狂った迷言を放つ始末。


 だが救いはある。

 なにやら話を聞くには部活の兼部はできないらしい。

 だから適当な部活に入れば、あいつの魔の手から逃れられる。


 まじでだりぃ。


「でもミズキちゃん本当にすごかったよ!! あんな運動神経良かったなんてびっくりした!」

「そうか? ははっ、まぁ金髪にも勝てたしな。ポメには疲れさせられたが、今日はあのクソパズルの悔しい顔を見れて満足だ」

「天宮さんもすごかったなぁ……あんなに頭も良くて日本的な有名人なのに、運動神経も抜群なんて…………改めて遠い世界の人だ……」


 あたしは七瀬の羨望的な言い振りに少し違和感を覚える。上体を起こして、胡座をかいたまま七瀬の方を見た。


「なぁ七瀬。日本的な有名人ってどういう事だ? あいつそんな有名なのか?」

「え、ミズキちゃん知らないの!? 天宮静流さんといえば……!」


 七瀬がさささーっとスマホを操作する。

 そしてその画面を見せてきた。


「見てこれ! 天宮さんのインスタの登録者数!! やばいから!」


 七瀬が見せてくるスマホの画面には、インスタの画面がある。

 あたしは使ってないがカナや後輩の舎弟達が使っているのを見ていたから、見方とか仕様は大体わかる。


 カナのフォロワーが2万で半端なく凄いっての聞いた。

 モデルの依頼とか商品紹介とか色々な企業から仕事が来ているらしいが、女遊びに支障が出るからって全部断ってるらしい。


 ちなみに後輩達はフォロワー100の台がほとんどだった。


 カナのファッションセンスと美人さで2万人。


 で、あの金髪はどんなもんなんだ。


 アカウント名には『she_zr_amamiya』と書かれていて、アイコンにはプロの写真家に撮ってもらったであろう、金髪の美麗な顔写真があった。名前は『天宮静流』。


 どうやら確かにあいつのアカウントのようだ。


 フォロワー数は……。


 一、十、百、千、万……十万…………へ……はぁ?



「ひゃ……166万人…………?」



 あたしはその桁違いの数字に、目を丸くして思考を軽く停止させてしまう。


「ね……す、凄すぎる人でしょ…………」


 な、なんだこの桁数は……。

 まじで日本に名を馳せる有名人じゃねぇか……!


「自分でも化粧品事業やってるみたいだし、色々な企業の広告等もやってて……CMとかも…………」

「あいつ半端ねぇ大物じゃねーか!!!」

「でしょ!! あんな人とお友達になれたのが……ほんとすごい事だなって…………しかもそんな人の百合模様を見れるなんて……! たぶんわたしの前世はガンジーだ」


 訳の分からない事を言っている七瀬は無視して、あたしは謎の敗北感を味わっていた。


 くそ……今日は勝ったのに……あいつをボコボコにしたのに!


 考えりゃあいつグレーステストでも琴音に次ぐ成績で、今日のスポーツテストではあたしに次ぐ成績……それに加えてインスタフォロワー166万人の高校生事業家タレントだとぉ……!!!



「なんだこの敗北感はーーーー!!!! ちっきしょー!!! あいつすげー!!!! なんかムカつく〜〜〜!!!」



 あたしは金髪の優秀さに気づいて、謎の悔しさと劣等感を味わったのだった。

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