第6話「自己紹介を乗り越えろ!」



 あたしは今、オリエンテーションの内容が書かれた紙に目を通していた。


 他の皆も同じように、静かに資料を読んでいる。

 本来こういうのは先生が説明すると思うけど、あたしらの担任ハナチャン(勝手にあだ名付けた)は職務放棄をしたのだ。


『私ぃ、読むの遅いからぁ…………みんな、自分で……読んでねぇ~』


 だってさ。

 まぁ、確かにハナチャンの音読を聞くのは坊主のお経と一緒だ。

 自分で読ませてくれる方がありがたい。


 つーかなんでこの人がこんなお嬢様学校で担任張れてんだよ。

 このスローさで教師が務まんのか?

 もしかしてなんかの分野の大天才とかか?


 まぁ……今はいいか。ハナチャンの事はおいおい知るとして。


 まずはオリエンテーション読まねぇとな。


 あたしは用紙に目を通していく。

 オリエンテーション用紙に書かれていたのは、主に行事予定や授業の内容だった。


 行事は【社交界パーティ出席】とか【エバーデンス女学園留学】とか【ロイヤル・クリスティ】とか、意味分からんのが多かったけど【球技大会】、【学園祭】や【運動会】があって安心した。

 一応ここが高校だと確認できてホッとする。


 そもそもあたしは高校生活を謳歌するために高校に入ったのだ。

 高校のイベントは全力で楽しみたい。


 だが問題は授業内容だ。


 これがエグイ。もう半端なくエグイ。


 毎日八時間授業ってアホかよ。

 一日一時間でもキツイってのに、八時間だって? 気が狂うわ。


 しかも英語とか数学に加えて、礼儀作法とか帝王学、経営学とかまである。


 うわぁ、死にそ〜〜。

 絶望に覆われていると、ハナチャンの声が聞こえて来た。


「みなさ~ん、読めましたかぁ? 次に行きますよぉ」


 周りを見ると、みんな顔を上げてハナチャンを見ていた。


 まぁ、あたしでも読み終わったぐらいだから、こいつらは当たり前に読み終わってるか。


「次はぁ、【自己紹介】……で〜〜す。一人ずつぅ……自己紹介を、していきましょ〜〜~」


 自己紹介か。これは大事だぜ。


 まず相手に舐められないように、堂々とした自己紹介をぶちかまさなきゃいけねぇ。

 まぁ、だがそういうのは得意分野だ。特に自分の名を名乗るのは慣れてる。


 喧嘩の度に名乗って来たんだ。

 くくく……観てなお嬢様ども。最高の自己紹介をかましてやっからな。


「じゃあ、最初はぁ……出席番号一番の人からぁ〜〜。そうですね~、名前とぉ……学生生活における〜目標を、言いましょうかぁ~〜〜」


 ハナチャンの声を聞いて一番前のお嬢様。すなわち金髪が立ち上がった。


「ではまず私からですわね。私は【天宮あまみや静流しずる】と申しますわ。決してパズルなどと言う名前ではありません」


 金髪――パズルはあたしの方を向いて言った。

 残念だがてめぇはパズルだぞ。


「目標はそうですわね……在学中に天宮総合商社から新事業を起こし、その事業から商社全体の2割以上の営業利益を産む事としておきます。それと……」


 金髪はそれから琴音の方を向いて、わずかに頬を赤らめた。

 そしてモジモジしたように指と指を合わせる。


「えっと、その……っ♡」


 挙動不審な金髪に、琴音が優しく微笑みかけてあげる。

 その瞬間、金髪は顔を真っ赤に染めて前の方を向いた。


「な、何でもありませんわ! 以上ですっ!!」


 金髪が焦ったように言って座ると、周りから優雅な拍手が送られた。


 いや、あいつ分かりやっす。

 どんだけ琴音の事好きなんだよ。心の底からだな。


 金髪以降も、お嬢様達の自己紹介は順調に進んで行き。


「では、これから一年間よろしくお願い致します」


 あたしの前に座っていたお嬢様が自己紹介を終えた。

 そして次が――あたしの番だ。


「じゃあ……次の人ぉ、お願いしま〜〜〜す」

「よし来た!」


 ハナチャンの言葉を受けて、あたしは勢いよく席を立つ。

 その瞬間、クラス全員の視線が一挙にあたしの元へと集められた。


 世の中にはこの状況が苦手な奴もいるらしいが、あたしにとっちゃ何てことはねぇ。

 派手に挨拶をぶちかますだけだ。


 いくぜ!!!!


「あたしの名前は【神田かんだミズキ】だ! 目標は卒業すること!! てめぇら、これから色々あると思うけどよろしくな! 仲良くやっていこうぜ!!」


 決まったぁ! 


 やべぇ! ちょー気持ちいいっ。


 みんな羨望の眼差しを…………って、あれ。

 なんでみんな口開けてポカンとしてるんだよ。


 それに拍手も起こらねぇし。

 いったい、どういう事だ……?


 パチパチパチ。

 小さな拍手が聞こえて来た。


 でもそれは一人だけの拍手で。その正体はもちろん琴音だ。


「ミズキさん、すごく立派ですっ」

「お、おおっ。そうか? ありがとうな」


 琴音はそう言ってくれるけど、相変わらず拍手しているのは琴音だけで、他の皆は呆気にとられた様にあたしを見ていた。


「あの~、神田さん? 少し、言葉遣いがぁ、汚いですよぉ〜〜~」

「…………あっ!」


 や、やべぇ!

 ここがお嬢様学校って事忘れてたーーー!


 つい、いつものノリで言っちまった……。


 そりゃシーンとなるわ!

 明らかあたしだけお嬢様の振る舞いじゃねぇんだから!


 むしろ琴音が反応してくれたことが奇跡だ。ホントこいつ優しいな。マジで大好きだわ。

 金髪があたしに対して侮蔑の目を向けていた。ホントあいつ性格悪いな。マジで大嫌いだわ。


 相変わらずみんなポカンとしてるし……い、一応取り繕っておくか。


「な、なーんちゃって、ですわ〜〜。ちょっと驚かそうとしただけだ、ですわよ〜〜。オホホホッ。…………以上っす」

「は~い、皆さん、拍手〜〜〜」


 ハナチャンの掛け声でみんなが拍手を送ってくれる。


 うぅ、なんて惨めなんだ!!

 よもやあたしがお嬢様の真似事をしなきゃいけないなんて。しかも超ぎこちなかったしさぁ。


 ふと前を見たら一番前の席で金髪が爆笑していた。

 あいつ、後でぜってぇしばき倒す。


 あたしが後悔と恥辱に呑まれている間にも、着々と自己紹介は進んでいた。


 そしてついに、全員が注目しているであろう琴音の番がやって来た。


「では、次の方~」

「はい」


 綺麗な声で返事をして、琴音が立ち上がった。

 手はきっちりと前で重ねて、淑やかに立っている。


「わたくしは【西條さいじょう琴音ことね】と申します。皆さんどうぞよろしくお願いします」


 そう言って琴音はニコッと微笑んだ。

 その瞬間、この教室の彩度が上がり輝きが増した。まさに女神の微笑みと言うに相応しい。


 琴音って本当いつもニコニコしてるよな。


 奥ゆかしさと慈愛の神か?

 あたしの中じゃお前は神話に出てくるどんな女神よりも、よっぽど女神してるぜ。


「目標は充実した日々を送る事です。皆さんと仲良く楽しく。そんな毎日が送れたらいいなと、思っています。以上です」


 クラス全員が拍手の雨を琴音に送った。

 どのお嬢様も、さすがは琴音という風な眼差しを向けている。


 特に金髪は感動の涙を流しながら、手が吹き飛ぶぐらい強烈に拍手していた。

 是非とも吹き飛んで欲しいが……まぁ、あたしも同じように強く拍手してるから、今回ばっかはなんも言えねぇ。


 琴音はホント特別って感じがするな。

 普通あんな事言ったら「何いい子ぶってんだよ」とか言われるのに(あたしが言う)、琴音にはそんな嫌らしさは全く感じない。きっとこいつは本心で、心の底の言葉を言ってるんだ。見栄も嘘もない。


 世の中にはこういうタイプのすげぇ奴もいるんだな。

 琴音は尊敬に値するべき人間だ。


 まぁでもこれで知ってる奴は自己紹介終えたし、後は聞き流してるだけでいいか。


 そう思いながらお嬢様達の自己紹介を聞き流していると、一人だけ気になる奴が現れた。

 気になるっていうか、あたしと同じタイプの匂いがする奴。


 不良っていう意味じゃなくて、お嬢様らしくないって意味で。


 そいつは深い青色の髪色で、長めの前髪が目に少しかかっていた。髪の長さは首元ぐらいで童顔が可愛らしい生徒だ。表情は暗く、どこか陰々とした雰囲気をまとっている。


 後、半端なくおっぱいがでけぇ。あたしも結構ある方だが、それでもあたしの2倍はありそうだ。

 そいつはオドオドした様子で席を立ち、不安げな瞳で辺りを静かに見渡す。


 そして目に涙を溜めながら、意を決したように口を開いた。


「わ、わたしは…………」


 いや、声ちっちゃいな。


 全然聞き取れん。こいつあれか、周りに見られたら緊張するタイプか。

 まぁ、でも堂々としたお嬢様らしさがないから、ちょっと親近感は湧く。


 だから頑張れ。お前の事は応援するぞ。


「えっと、名前は……な【七瀬ななせ ひめ】って、言います……あの、その……!」


 青髪っ子は視線を前に上げる事なく、ボソボソと緊張気味に自己紹介をしていく


「な、七瀬と呼んでください……が、学園生活の目標は……さ、最高の百合カプを見つける事で……じゃ、じゃなくて!!」


 小さな声で何かを言った七瀬は、瞬間的に我に返ったように頭をぶんぶんと振った。


 その小さすぎる声はおそらく誰にも届かなかっただろう。

 耳がかなり良い(自己評価)あたしでさえも聞き取れなかったんだから。


 最高の……までは聞こえたんだよなぁ。

 なんだ? 最高のお嬢様になりたい! とかか?


「え、えっと……目標はべ、勉強を頑張る事です……あ、以上です……」


 七瀬がほとんど顔をあげる事なくぼそぼそと自己紹介を終えると、教室の中から優しい拍手が飛んだ。


 同情心からか、なんなのか。

 それはまるで幼い子供に対して向けるようなものだった。


 だから、あたしは思い切りの拍手を送ってやった。


 うん、よく頑張ったぞ。

 こういう奴がいてもいいじゃないか。

 お嬢様だからって、礼儀正しくて堂々としてて淑やかである必要はないんだ。


 七瀬。お嬢様らしくねぇという点で、お前はあたしと同類だ。歓迎するぜ。

 あたしは七瀬に奇妙な親近感と興味を覚え、後で話しかけてやろうと決意した。


 七瀬は本当の目標を隠して勉強を頑張るなんて言いやがっただろうし、あいつの本当の目標も気になる。

 だから後で絶対に聞き出してやる。


 それ以降、特に気になる奴は現れず、自己紹介は無事に終了したのであった。

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