第7話「初日終了!」
「だーもー疲れたぁぁああ! 雰囲気だけで肩が凝るわー!」
「ふふっ、お疲れ様でした」
走行するリムジンの後部座席。
大きく体を伸ばすあたしを見て、隣に座っている琴音が優しげに笑った。
初日のオリエンテーションが終了し、今は琴音のリムジンで帰宅している途中だ。
オリエンテーションと言っても担任のハナチャンが説明放棄をしたので、ほとんど自己紹介だけだったと言っても過言ではない。
にしてもお嬢様学校すごかったなぁ。
あたしだけ場違いだったもんな完全に。
いや、あの青髪爆乳弱気娘『七瀬姫』もお嬢様感は無かったな。
自己紹介が終わった後。
あたしは七瀬と喋ろうと思ったのだが、なんとあの野郎、早々に帰ってやがったのだ。
まぁ見るからに人見知りそうだしな。
それにどうせ同じクラスだ。七瀬と喋る機会はいくらでもある。
「そういやさ、来週から授業が始まるんだよな?」
「はい、そうですよ」
「くぁ〜めんどくせ〜〜〜。8時間授業とか耐えれる気がしねぇよ〜〜」
「ふふっ、大丈夫ですよ。わたくしもお隣にいますし、ミズキさんの事はサポートしますから。だから一緒に頑張りましょうっ」
「こ、琴音ぇ……!」
笑顔で素敵な事を言ってくれる琴音に、あたしは感激の念を感じずにはいられなかった。
この子は本当にどうしてこんなに良い子なんだろう。
あたしと同じ種族なのかほんとに。実は天使とか女神様じゃないのか。
一体何を食べたらこんな綺麗で優しい心が育つんだよ。
あたしが琴音に感激していると、当の女神様が思い出した様に言った。
「あ、そうだミズキさん。お荷物はまとめ終えましたか?」
「ん? 荷物って何の?」
「なにって、寮生活のですよ。ミズキさん明日から寮に入るんですよ? 言ってませんでしたっけ?」
「……あっ!」
そ、そうだった!
あたしこの学校の寮に入る約束してたんだった!
家から通ったら遠すぎて通学費と時間がバカにならないし、毎日琴音に迎えに来てもらうのも迷惑がかかる。
だから寮に入るって約束をして、ここに入学したんだ。
やっべぇ〜完全に忘れてた〜。
しかも明日から寮に入るってんだから、今日家に帰ったら全速力で準備しねぇとな。
にしても寮生活か……どんな感じなんだろうな。
まぁこの学校の事だ。どうせえげつねぇお嬢様ばかりが暮らす、超高貴な寮に違いない。
窓の外を流れる景色に目を向けながらそんな事を考えている内に、琴音のリムジンはあたしの家へと到着するのであった。
※ ※ ※
夜の8時50分。
お嬢様の制服から馴染んだ黒のジャージに着替えたあたしは、ファミレスへと向かって歩いていた。
親友の三沢カナと会うためだ。
明日からは寮に入り、あのお嬢様学校で本格的な日常がスタートする。
となればカナと会う機会も少なくなってしまうだろう。だから入寮の前にカナと喋ろうと思ったのだ。
ファミレスの近くに到着すると、すでにカナが待っていた。
カナは白シャツに黒のボアジャケットを着ていて、足元はミニスカートと黒のブーツで決めていた。
首元の長さで切り揃えられた黒髪に、右耳に着けられたリング状の銀ピアスよく映えている。
顔は超がつくほどのクール系美人だし、スタイルも良くて本当にモデルのようだ。
こいつは昔から綺麗だけど、ビジュアル良すぎてなんかムカつくんだよな。
カナが視線をこちらに向けた。
「あ、ミズキ。いや、お嬢様って呼んだ方が良い?」
「ミズキで良いって。お嬢様なんて歯痒くてたまらねぇ」
「てか髪の毛ポニーテールにしてるじゃん。似合っててすごく可愛いよ」
「んぐっ! 可愛いなんて、言うんじゃねぇよバカ……」
褒められて何となく恥ずかしくなったあたしは、少し視線を逸らし気味に言葉を返した。
だがその反応は更にカナを調子付かせたようで。
「へぇ〜最強の女番長も照れる事なんてあるんだ。これは大スクープ」
「るせぇな!! 照れてなんかねぇよッ! しばくぞボケコラ!!!」
あたしは勢いよく言葉を返して、ポニーテールにしていた髪留めを取り払った。
束ねていた髪の毛が解かれて、ストレートヘアーがふわりと揺れた。
「あーもったいない。せっかく可愛かったのに」
「るせぇ」
「でもやっぱ、その下ろした髪の方がミズキらしくて可愛いかも」
「だーーもー! うるせーうるせー!!! おら、さっさと入れッ!!!!」
「あいたっ」
あたしは顔を真っ赤にしてカナの尻を軽く蹴り上げ、そのままファミレスの中へと入るように促す。
これ以上カナを調子付かせると厄介だ。
さすがは歴戦の女たらしなだけはあって、女子の扱いが慣れてやがる。
まぁ、あたしが堕とされる事はねぇだろうが、それでも照れさせられるのは非常にムカつく。
ファミレスに入ると店員がすぐに席に案内してくれた。
あたし達は手軽にドリンクバーを頼む。そして互いにドリンクを入れて来た所でカナが言った。
「にしても、まさかミズキの通う高校が天下のお嬢様学校【聖アル】だなんてね。そんなの誰にも想像できないよ」
「だろうな。つーかあたしが一番驚いてるし」
あたしはオレンジジュースを飲みながら言葉を返す。
ちなみに細かいことは全てLINEで報告済みだ。
まぁ、細かい事と言っても
・お嬢様を助けたらお礼として入学させてもらった事。
・来週からは寮に入るから会える時間が減るかもしれない事。
伝えたのはこの2点だけだけど。
「で、どんな感じ? お嬢様学校は」
「いやもうこれがやばいんだって! マジあいつら「ごきげんよう」とか言うしさ、しかも教室に絵画とか飾ってるんだぜ!」
「え、やば。漫画の世界じゃん」
「ほんとほんと。あたしだけ場違い感凄すぎてヤベェんだよ」
「でもこれから3年間通うんでしょ?」
「まぁな。なんかやらかして退学とかなるかもしれねぇけど」
「でも3年間ちゃんと通えたならさ、卒業時にはミズキもお嬢様になって「うふふ、ごきげんよう」って言ってたりして」
「あたしが? いやいやいやいや、笑わせんなってお前! 流石にそれはねぇ。ごきげんようだけは言わねぇって神に誓ってんだよあたしは」
「もっと有意義な事を誓いなよ」
呆れたようにカナが笑う。
そんなカナを見ながらあたしも笑った。
やっぱり、カナとの会話は楽しいな。
波長が合うっていうか、会話のリズムがめっちゃ心地いい。
真面目な話もできるし、バカみたいな話もし合える。
本当に最高の親友だ。
「そっちはどうなんだ? 高校生活は楽しくなりそうか?」
「うん。良い感じだよ。私も今日入学式だったんだけどさ、早速クラス1の美少女とデートする約束を取り付けた。勝ち卍ブイ。来週には喰えるね」
「早速かよ。さすがは【男泣かせの女たらし】だわ」
男泣かせの女たらし。
それが中学時代からのカナの異名だ。
どんな女子も堕としてしまう事から、女子を狙う男子を度々絶望させてきたのだ。
こいつの恐ろしいところは、例えノンケの女子であったとしてもその気にさせてしまうところだ。カナが男共からその彼女達を寝取りまくってた遊んでいたのは、つい数ヶ月前の話。
『彼女を三沢カナに奪われた!』そう嘆く男の悲鳴をあたしは数えきれない程に聞いてきた。
まぁ、実際にカナは魅力的過ぎるから仕方ねぇ。
見た目は綺麗だし、頭は良いし、頼り甲斐はあるし、喧嘩もあたしの次に強い。
女ぐせが悪すぎるところに目を瞑れば完璧だ。
「お前、その高校の女子を全員攻略するつもりじゃねぇだろうな?」
「あーそれも良いね。面白そう」
「できないとは言わねぇんだな」
「まぁそりゃ。女の子を堕とすのなんて卵を割るより簡単だし?」
「言うね〜〜。実際さ、お前が堕とせなかった女子っていんの?」
興味本位で尋ねた質問だ。
百戦錬磨の三沢カナが、その手中に収められなかった女子はいるのか。
いないと返答してくると思っていたが、意外にもカナは黙り込んでしまった。
少し視線をあたしから逸らして、ストローでメロンソーダを飲んでから、カナはゆっくりと口を開いた。
「いるよ。1人だけ」
「え……マジで!?」
予想外のカナの返答にあたしは声をうわずらせる。
まさかこのカナが堕とせなかった女子がいるだなんて。
あたしはテンション爆上げでカナに詰め寄った。
「なぁなぁ! そいつってさ、どんな奴だ!?」
「そんなに気になる?」
「そりゃあ気になるって! だってこの三沢カナを振った女だぜ? どんな器量の女か気になるじゃねぇかよ」
「そっか。まぁ、すごい女の子だよ。見た目も綺麗なんだけど、何よりもすごく芯のある女の子なの。強くて、友達想い。頭が悪くて無鉄砲なところは少し心配だけど、でもそこが母性をくすぐるっていうか、支えたくなるんだよね」
「へぇ〜〜なんかあれだな。あたしとすげー気が合いそうな女だな!」
「………………。そうだね」
「あ、つーかさ、そいつってそもそもあたしの知ってる奴? 会った事あるか?」
「もういいでしょ。その話はここまで。これ以上先は、トップシークレッツ」
「えぇ! なんでだよ!? 聞かせてくれたって良いじゃねぇか!! 誰だよ!? 教えやがれ!!」
「またいつか今度ね。来世あたりで教えるよ」
「今度って死後じゃねぇか」
「まぁ、私がいつかその子を堕としたら……ミズキにもその女の子が誰だったか自然と分かるよ。私はまだ諦めてないし」
意味ありげに微笑んで、カナはメロンソーダを口に運んだ。
「……?」
カナがその女を堕としたら、そいつが誰か自然と分かるってどういう事だ?
そいつはあたしと深い繋がりがある奴なのか?
は……! まさか……!
あたしのママか!!!!??
いや、それはねぇな。
カナの奴すげぇ面食いだし。
うちのママ見た目はただのおばはんだし。
めっちゃ気にはなるけど、こう言う時のカナは意地でも口を割らない。
意外と強情なところがあるからな。話さないって決めたら死んでも話さないだろうな。
それにこれ以上深入りしたらカナを不快にさせる。
お互いを気遣う距離感ってのは大事だ。
だからあたしはそこで話題を切り替える事にした。
「そういや今週のワンピース読んだか?」
「読んだよ。めっちゃおもろーだった」
他愛もない話に花を咲かせて。
あたし達がファミレスを出たのは深夜2時ごろだった。
街頭の薄明かりに照らされる夜道を2人で歩き、分かれ道へと到着した
「私はこっちだから」
「ああ、また連絡する」
「うん。じゃあね。おやすみ」
「ああ、おやすみ。ゆっくり寝ろよ」
「ミズキもね」
別れの挨拶をしてカナが歩いて行く。
その背中を少し見送ってから、あたしも自分の家に向けて歩き出した。
やっぱりカナが一番の親友だな。
あいつになら心を預けて話すことが出来る。
死ぬ瞬間はあいつに看取って欲しいとさえ思うくらいだ。
カナの事を考えながら、スマホを取り出した。
するとLINEに新着メッセージが一件来ていた。
そのメッセージは9時ごろに届いていたものだ。
誰だと思ってLINEを開くと、その相手は琴音だった。
『ミズキさんの好きな映画は何ですか?』
と、いつものようにくだらない質問。
なんだか少しずつ琴音にも愛着が湧いてきている気がする。
自分とは正反対の人間のくせに、何の偏見も持たずに接してくれる琴音。
もしかしたら琴音とも人生を通した仲になれるかもな。
小さな予感を胸に秘め、あたしは返信を返した。
『トイストーリー2』
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