第5話「1年B組の始動!」

 

 あたしと琴音は広大な学園の中、自分達の教室へと向かって歩みを進めていた。


 入学式が終わった後は教室でオリエンテーションが開かれる。

 教室の位置は琴音が把握してくれているので、あたしは黙って琴音に着いて行くだけでいい。


 その道中他のお嬢様達が例の挨拶を交わしていた。


「ごきげんよう」

「ごきげんよう」


 優雅に挨拶を交わすお嬢様達。何度見ても圧巻だわ。

 だがもっと気になったのは、他のお嬢様達がやたらと琴音を凝視している事だ。


 それどころか口々に囁き合っているぐらいである。


「見て、西條さんよっ」

「ああ、なんてお綺麗なのでしょう……」

「お近づきになりたい」


 それらは琴音を羨望するような声だった。

 確かにこいつ他のお嬢様と比べても際立ってるもんな。


 顔立ちもそうだし、振る舞いや佇まいもレベチだ。

 やっぱあたしすげぇ奴と知り合いなんだな。


 だが周りの声は琴音だけでなく、あたしにも向けられていた。


「あの方はどなた?」

「西條さんのお友達なのかしら?」

「態度があまりお嬢様らしくありませんわね」

「少し野生の香りがしますね」


 そんな声が聞こえてくる。

 当たり前だろ。女番長舐めんなよ。てか野生の香りは失礼だわ。


「ミズキさん、こっちです」

「おう」


 琴音に連れられて校舎の中に入って行く。汚れや落書きなどの見られない綺麗な廊下を進んで行く。


 そして1年B組というプレートの付けられた教室へと入って行った。


 教室の中は目を疑う程に綺麗だった。

 白塗りのタイルの上に並べられた高級そうな机。なぜか壺とか美しい絵画とかもあって、まさに貴族の部屋って感じだ。


 これが教室かよ……信じられねぇ……。


 教室の中では、すでに何名かのお嬢様達が座っていた。


 その中の一人がこちらへと歩み寄って来る。


 そいつは見覚えのあるお嬢様。あの鬱陶しい金髪野郎だ。


 金髪は琴音に向かって礼儀正しく頭を下げていた。


「ごきげんよう琴音様」

「ごきげんよう天宮さん。昨日はよく眠れましたか?」

「はい! もちろんですわ! きっちり八時間睡眠をとりました。まぁでも……そちらの蛮族は夜更かしでもされたみたいですけれど」

「ああ?」


 金髪があたしの目元を見て言って来た。


 確かに入学式の前日で緊張して、あまり寝れなかったからクマが出来ている。

 おそらくはそれを見て推測したのだろう。


 てかよぉ、こいつ喧嘩売ってんのか? 

 いちいち癇に障る言い方しやがって。


「うるせぇぞ金髪。てめぇには関係ねぇだろ」

「はぁ……まったく。相変わらず野蛮な言葉遣いですわね。それに私の名前は金髪ではなく、天宮静流ですわ」

「シズルだかパズルだか知らねーよ。あんま調子のんなよボケ」

「だ、誰がパズルですか!? ふんっ、そちらこそあまり調子に乗らないようにお気をつけなさい」

「んだとぉ!?」

「なんですのよ!?」


 睨み付けると金髪も睨み返してくる。

 全く退かない金髪に、またもや驚かされる。

 あたしが元女番長の不良と知らないとはいえ、結構自分には威圧感があると自負している。


 それでも怯まないなんて、ずいぶん気が強いと見えるな。


「お二人とも、喧嘩はよくないですよ」


 睨みあっていると、琴音がニコニコ表情で仲裁に入って来る。


「いやだって、こいつが」

「ですけれど、この方が」

「あぁ!?」「むぅっ!!」


「まぁまぁ、ここは喧嘩両成敗という事で。これから一年間、供に過ごすクラスメイトなんですから」


 そ、そうだった。

 この金髪はクラスメイトだった……。


 ああ、向こう一年クソ憂鬱だわ。病む。


「こ、琴音様がそう言うのでしたら……仕方ありませんわね。ふんっ、琴音様の慈悲に感謝する事ですわね」

「るせーよ。こっちのセリフだクソパズル」

「だからっ、私の名前は静流ですっ! パズルではありませんわ!!」


 そんなやり取りをしている内に、クラスの生徒が集まって来ていたらしく、ほとんどの生徒が席に着いていた。

 全員お嬢様だから、座っているだけでもすごく絵になってるな。


「わたくし達も席に着きましょうか」

「そうですわね」

「だな」


 琴音に言われてあたし達も自分の席に着く。

 席は先ほど配られた出席番号の通りに座る事になっていた。だから自分の番号を数えれば席はすぐに分かる。


 あたしの席は黒板を向かいにして教室の左側から数えて二列目。縦に五席並んである内の真ん中、三番目の席だった。


「あれ、お隣ですね」

「ん? あ、琴音!」


 気がつけばあたしの右隣には琴音が座っていたのだ。


 確かに名前順で数えれば、神田と西條だから、一列分の差ができても不思議ではない。


 ちなみにあの金髪は一列目の一番前だった。

 一番前の席から、あたしの事を怨恨の籠った眼差しで睨んできている。


 あいつは多分琴音に憧れてんだろうな。

 琴音様とか言ってるし、積極的に挨拶とかしてるし。


 琴音の隣に座っているあたしが羨ましいんだろう。


 だからあたしは……。



 勝ち誇ったような笑みを向け、舌を出して中指を立ててやった。



 すると金髪は悔しそうに地団太を踏む。


 ケへへ、愉快愉快。


 ア行に生まれた自分の運命をせいぜい恨んでやがれクソパズル。


 金髪をからかって遊んでいると、突如教室の扉が開いた。


 現れたのは一人の女性。

 ふわふわのパーマがかかった緑色の髪に、赤縁の眼鏡をかけている。穏やかそうな顔つきの先生だ。


 なんていうか、ゆるふわ系? 


 お嬢様とは少し違うけど、これまたあたしとはタイプの違う女性。


 その人は教卓の所へとゆっくり歩いて行く。

 そしてあたし達の方を向くと、穏やかに微笑んだ。


「え~~〜〜〜〜と。皆さん……………ごきげん………よ〜〜〜〜〜〜う」


 めちゃくちゃゆっくり喋ってる。


 おっとりし過ぎだろこの人。


「「「ごきげんよう」」」


 その女性が言うと、クラス全員が挨拶を返した。あたしも一応頭だけ下げておく。


「私はぁ………このクラスの担任を務めますぅ………車谷花とぉ言います〜〜……よろしくおねが~〜〜いしま〜す」


 あたし達の担任――車谷花は、えげつゆっくり挨拶をした。

 もはやスローモーションの域だ。人ってここまでゆっくりと喋れるものなのかよ。


「では~。これより、オリエン、テーションを、開始しますぅ〜〜」


 そう言うと、先生はゆっくりとプリントを配り始めた。


 そのあまりの遅さに、わずか二十数人のクラスにプリントが行き渡るのに二分もかかってしまった程だ。


 

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