04.兄の彼女に挨拶してしまった

兄の彼女に挨拶してしまった。


今まで何度か、兄と会う予定がある時に

「今から彼女くるけど」みたいなことを言われたことがあった。


その度に適当な理由をつけて逃げていた。


僕は兄をすごく尊敬していて、大好きだから、

兄のことを好きになっている兄の彼女も無条件で好きだ。


でも挨拶したくなかった。理由はたったひとつ。

生きる理由がひとつ減ってしまうからだ。




最近僕は自殺しないように、何かと「まだ死ねない理由」を作っている。


それは、コナンとONE PIECEの最終回を見るまで死ねないとか、

来週末に人と会う予定を立てたから、それまで死ねないとか。


そんな、自殺を止めるために作った「まだ死ねない理由」の中に

「まだ兄の彼女に『うちの兄を宜しくお願いします』と挨拶できていないから」

というものがあった。


だから兄の彼女に会いたくなかった。

だって「まだ死ねない理由」は1つクリアするごとに、死に近づくのだから。






8月30日、兄の部屋に忘れたSwitchのコントローラを取りに、

自転車で20分〜30分ほどかけて兄の家に向かった。


近くに着いたので電話すると「日高屋」と言われた。

駅前の日高屋に入ると兄が残り少ないラーメンを食べていた。


開口一番に兄は

ONE PIECEのバウンティラッシュというスマホゲームの話をしてきた。

ギア5のルフィが当たったらしい。


いろいろ話していると「今から彼女が家に来る」と言い出した。


やばい。どうしよう。挨拶したくない。


兄は友人とルームシェアをしている。

兄が日高屋を出る前に兄の部屋に行き、

その友人から目当てのコントローラを回収するのがベストだろう。


そう考えた僕は

「朝から歯を磨いていないから」といういつも通りの適当な理由をつけて、

兄の彼女に会うことを断り、先に日高屋を出ようとした。


すると兄は

「俺の彼女、お前のことイナイレ2のヒデナカタやと思ってるかも」

と言い出した。


世代の人にしか分からない例えで申し訳ないが、

イナズマイレブン2というゲームに出てくるヒデナカタというキャラがいて、

こいつに会うのがすごく難しい。

会おうとしても会おうとしても会えないのだ。




この例えが面白かったので

結局、兄がラーメンを食べ終わるまで一緒にいてしまった。


やばい。

僕は自転車に乗って先に兄の部屋に向かい、

兄は彼女を迎えに駅の方に歩いて行った。


インターホンを鳴らし、兄とルームシェアをしてる人に鍵をあけてもらう。

目当てのコントローラを手に取り、逃げるように部屋を出ようと思ったが

中で少し話をしてしまった。


やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい




部屋を出て自転車に乗る。

兄にエンカウントするのを避けるために逆方向に進むのは、

あまりにも不自然だし、あまりにも彼女に失礼だ。


頼むからまだ来ないでくれ。

そう思いながら自転車を漕ぐ。

踏切が二箇所ある。おそらく奥の踏切から来るから、

手前の踏切から帰ろう。


そう思い自転車を走らせていると、手前の踏切に着く前に兄の姿が見えた。

隣にいる女性が初対面とは思えないほど大きくコチラに手を振っている。


うわー、、、ゲームオーバーだ。


「似てるー」なんて笑って話をしてくれた。


僕は思わず、1番言いたくなかった言葉を言ってしまった。





















うちの兄を宜しくお願いします。











家に帰った後、「まだ死ねない理由」のリストから1行消した。


自分の首に牙を向けているギロチンが、

少しだけ下りてきたような気がした。

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