第3話
その日から優香とアリスはよく絡むようになった。
「優香先輩」
「ん?」
空き教室で寝ていた優香は、小鳥のような声で呼ばれて目を覚ます。
「アリスじゃん……おはよー」
「おはようございます、先輩」
寝ぼけ眼を擦る彼女に、アリスはにこにこと挨拶をする。
「毎回私んことよく見つけるねー。この辺あんま人来ないのに」
サボり魔な優香はサボる場所も毎回気分で決める。
しかし、どこでサボっていてもアリスは必ず見つけ出してきた。
「もうお昼休みですよ」
「もーそんな時間? 購買行かなきゃ」
椅子から立ち上がろうとする優香。
その目の前に、突然お弁当箱が差し出される。
「あの、先輩の分も作ってきたんですけど、よかったらどうぞ」
「え? 何で?」
特にそんな約束はしていない。
優香は首を傾げるが、それにアリスは目を潤ませて。
「……迷惑でしたか?」
「んー、そんなことはないけどさ」
(ま、いっか)
疑問はあったが、優香は後輩の好意は素直に受け取ることにした。
「ありがと」
優香はお礼を言って、お弁当を受け取る。
「えー、なんか私の好きなもんばっか入ってるんだけどー」
「優香先輩の喜んで欲しくて頑張りました」
喜ぶ優香を見てアリスが嬉しそうに微笑む。
「めっちゃうれしー。でも私の好物とかって教えたっけ?」
「そんなの先輩のこと見てれば分かりますよ」
そう言いながらアリスは優香の隣に座り、自分もお弁当箱を開く。
「そういえば、あれから誰かに絡まれたりした?」
優香がもぐもぐしながら尋ねると、アリスは首を横に振る。
「大丈夫です。先輩と付き合いがあるって噂が流れてるみたいで、誰も近寄ってきません」
「あ~怖がらせすぎたかな」
軽く反省する優香。
と、その横顔を見ながら、アリスが何やら意を決したような表情で頷く。
「あの、先輩!」
「んー?」
優香が返事をした時、ちょうど彼女のスマホが鳴る。
「あ、ごめん。キョーコからだ」
「……」
優香は断りを入れて電話に出る。
「何ー? 今飯食ってるんですけどー」
『何じゃねーっての。昨日あんたが送ったデータぶっ壊れてんだけどー』
「マジで?」
優香は椅子から立ち上がり、その後もしばらく京子とやり取りをする。
「……」
その間、アリスはずっと彼女を無言で見つめていた。
正確には彼女をではなく、そのスマホを。
より正確に言うならば、その通話相手を。
「ごめん。それで何だっけ?」
通話を終えた優香は、アリスが送っていた視線に気づかないまま尋ねる。
「あの、実はパンダ・ザ・ジャックのコラボカフェが秋葉原であって、あっ、コラボカフェって知ってますか?」
「知ってる知ってる」
優香が頷くと、アリスは話を続ける。
「それでその、今度の土曜日によかったら一緒に行きませんか?」
「いいよ」
特に用事もなかったので優香は即答する。
するとアリスはまるで宝くじでも当たったみたいに口元を両手で押さえ、目を輝かせて。
「本当ですか!?」
「え? うん」
「嬉しい……ありがとうございます!」
そんな大袈裟な、と優香は笑う。
けれどアリスにとってはそうではないようで、上気した頬は赤らみ、目元はうれし涙で潤んでいた。
やっぱり大袈裟だけれど、そこまで慕われて優香も悪い気はしない。
(かわいー後輩)
▽ ▽ ▽ ▽
土曜日。秋葉原。
(マージで寝坊した~~!)
前日夜遅くまで起きていた優香は、全力でアリスとの待ち合わせ場所へ急いでいた。
(いた……ん?)
幸いアリスはすぐ見つかったが。
「ねぇねぇ、いーから遊ぼうって」
ナンパだ。
「あの、困ります……」
アリスはウンザリした顔で誘いを断っている。
だが相手もしつこい奴らしく、その場から離れようとしない。
男は彼女のファッションを指して。
「君のそれ地雷系って奴でしょ? 俺そーゆーの全然偏見とかないからさ。だから」
ダンッ!!
その先を言わせる前に、優香の手がアリスとナンパ男の間に割って入った。
「悪いけどこの子は私と先約だから」
ぜぇぜぇと息を切らしてるのを壁ドンした腕で隠しつつ、優香はナンパ男に言った。
「えーだったら俺も一緒に……」
「あ?」
まだ食い下がるナンパ男を優香は睨んだ。
その眼光の鋭さにナンパ男はうっと声を詰まらせると、あとはしどろもどろに言い訳しながら逃げ去っていった。
「ごめんね。おもくそ遅刻して。怖かったでしょ?」
優香は両手を合わせてアリスに謝り倒す。
「いえ、先輩が助けてくれましたから」
「元はといえば私のせーだし」
優香は何度も頭を下げたあとで、ようやくアリスと目を合わせる。
それから彼女を上から下まで眺めて。
「今日のアリスかわいーね。その服似合ってるよ」
「あっ……ありがとうございます」
優香に褒められ、アリスは照れ臭そうに頬を赤らめる。
「それじゃ移動しよっか」
「はい」
優香とアリスは約束のコラボカフェに向かうため駅から出る。
「でも優香先輩ってすごいですね。男の人簡単に追っ払っちゃって」
「あー、まぁ私目つき悪いから」
優香は気まずそうに頬を掻く。
「このせーで不良みたいに言われるしさー。結構コンプレックスなんだよね」
「そうなんですか……」
「まあ、不良扱いされるのはサボるせーだけど」
アハハ、と優香は暗い話題を誤魔化すように笑う。
「……私は先輩の目好きですけど」
彼女の隣を歩くアリスが恥ずかしそうに呟く。
「そう?」
「はい。射竦められるみたいで、胸がキュンッてします」
「……いすくめ、何?」
「カッコいいってことです」
ふーん、と優香は答えた。
素っ気ない返事なのは照れ隠しなのだと、本人が一番自覚していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます