【先行公開】温容な前科持ちさんと犯罪者面の冤罪くん
清田いい鳥
第1話 ジルヴェスターの冤罪メモリー
「俺、やってません」
この台詞を何度繰り返したことだろう。治安が良いこの国でも、昔っからそれなりに柄の悪い地域は残っている。そこの子供としての生活と、火のないところから煙をもうもう立てられる冤罪事件。これは切っても切れない分離不可能な関係だった。
校内の硝子がブチ割られた。質の悪い採光重視のものだとしても、何枚も交換すればそれなりの額になる。それを故意に割った者として素行の悪い集団と共に、なぜか呼ばれた無関係な俺。当たり前だがそいつらと交流はなく、同じクラスだというだけである。
「ジルヴェスターくん。君もやったと聞いてるんだよ。怒らないから正直に言いなさい」
「俺、やってません。いつ
「夜だったと聞いてるが……、その、わざわざ学校に忍び込んでさ」
「その時間は働いてます。俺は朝から学校行って、働いて、家に帰って食べて寝るの繰り返しです。食事処の店主に確認してください。……あの、もういいですかね」
「……わかった、とりあえず反省文は提出してくれ」
「反省することがないんですけど……わかりました」
壁に落書き事件。わざわざ本物かどうかもわからない黒魔術書を書店から盗み出し、でかでかと壁に描いて試そうとしたらしい。一度ならず二度までも。悪さの二乗である。
「ジルヴェスターくん。また君も共犯だって聞いたんだけど……」
「やってません。なぜなら先日言った通りの生活ですから。夜も忙しいんです俺は。あと、さすがにこんな字を間違えたりしませんよ……酷すぎません?」
「ま、まあね……うん……とりあえず反省文を提出して……」
「……誤字脱字のない完璧なやつを
いるかいないかもわからない、神の世界から地に堕ちたとの伝記がある悪魔の名前。口に出してはいけないという言い伝えがあり正確には伝えられないが、デーモンが正しい表記であるところをデーキンになっている、という風な間違え方をしていた。
スペルミスもいいところだ。一体誰だよ。俺の方が知りたいよ。こんなことする暇あるなら勉強しろよ。帳面に向かって書き取り百回やっとけよ。お前ら卒業できるのかよ。
警報魔道具の盗難事件。子供が心配でしかたない親がわりと高い魔道具を、大枚叩いて身につけさせるのはよくあることだ。娯楽品の類ではないため校内に持ち込んでも良しとされるが、それを盗み、かつ転売しようとしたらしい。
消えないインクでばっちり名前が書いてあるのに。これをどうやって消して中古品として売りさばこうとしたんだか。足がつくぞ。速攻で。お前ら馬鹿か? 馬鹿なのか?
「……ジルヴェスターくん」
「ですから 。俺やってません。真っ白です。叩いても埃ひとつ出てきやしません。そりゃうちは貧乏ですけど、盗んでる暇すらないですよ。貧乏暇なしです、先生」
「そ、そうか……うん……とりあえず反省文──」
「あーもういいです。わかりました。今回は防犯意識と警報魔道具装着の大切さを、二千文字あたりで書きましょうか」
挙げ句の果てに噴水ブチ壊し事件。授業で使う模造剣を持ち出して、剣豪ごっこをしたらしい。わざわざ倉庫の鍵を壊して。古い校舎をかろうじて彩っていた噴水が欠けたことにより、なけなしの景観が台無しである。
硝子の比じゃない修繕費用。親たちは払えるのか? こんな大物。もう退学させたほうが良くないか? 無理をするな。楽になれ。
「……ジルくん」
「……先生」
先生はもう、かける言葉もなくしている。俺もすでに窓の外を眺めている。また必要のない反省文を提出させられる流れだろう。今度は何を書こうかな。何かネタになるものあるかなあ。
何度も文章を書かされるうちに、序盤で死体を転がすなんていう読者の興味を惹く導入を意識したり、緩急をつけたり、結果なんの教訓を得られたかというオチをつける技術などがすでに身につきつつあった。いちいち事件に巻き込まれたおかげで、得られた良いことといえばこのくらいしかなかった。
先生まさか、その反省文シリーズを俺に書かせて読んで楽しもうという腹ではあるまい。俺はあなた専属の文筆家じゃない。文章が読みたきゃ素直に書店へ行って買え。
「……ごめんねジルくん、僕、どうしても教頭先生には頭が上がんなくて……あの子たちと君が関わってないのは先生前から知ってるんだけど、教頭先生がクロだと言ったら絶対クロになっちゃうんだよ。ごめんね、僕って奴はほんとに無力で……」
「それは……先生も大変スね……」
「その教頭先生だけどさあ、君の反省文が毎回良いって絶賛してたよ。えっとなんか、序破急がどうのとか……だからその、何もしてないのはわかってるけど、それだけはしっかりお願いしときたくて……」
「読者は教頭だったんスね……あのいかにも感情の薄そうな人が……意外だな……」
俺に冤罪の罪をなすりつける生徒がいるのをいいことに、知らぬ間に
いやいや、ちょっと喜んでる場合じゃないだろ。俺はやってない。絶対にやってないのだ。いかに見た目が悪そうでも、明らかやってる顔してても、いい加減信じてくれないか。
しかし俺は友達が少ないし、俺が悪くないと先生方に正面切って抗議してくれる奴はいない。卒業したらもう会うこともないかもしれない。そいつらにも『ジルくんは第一印象が悪かった』と言われている。ごくごくたまにイラッとしたりしていると、いまだにビクビクされるのだ。だからほんの少し苛立つことも許されない。
目つきが悪い強面だそうだ。自分でもそうだと思う。あとこの明るい赤毛の髪も、癖がつきやすいだけなのだがわざとそうしているように見えるらしい。別に毛先を遊ばせて、威嚇しているわけじゃないのに。
それに随分堂々としているようにも見えるらしい。『数年前からすでにいた先輩に見える』というのも機嫌を損なわないように接したくなる理由だそうだ。なんか逆に、怖い怖いと思いながら声をかけてくれたあいつらが勇者に見えてきた。卒業まで大事にしよう。
冤罪に次ぐ冤罪。無駄に上がってゆく文章力。なかなか慣れてくれない友達。人生ってうまくいかない、とため息をついていたこのときはまだ平和だった。まだ可愛いものだった。
卒業後、成人してからが本番だった。更なる修羅場が待ち受けていたのである。
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