3 酒場の会合
翌日の朝、フランクの葬式は厳かに進められた。小さな古い教会に、烏の羽のように黒い喪服を纏った村人たちが集い、聖歌を歌い、共に祈った。フランク一家は一番先頭の席で、始終肩を震わせていた。その嘆きようは、今にも倒れて死んでしまうのではないかと不安になる程だった。ぞろぞろと列を作って墓地へ向かい、フランクが暗い穴に消えていった。それはとても厳粛で清い儀式で、啜り泣く声さえも讃美歌のように聞こえた。ただ、烏の声だけが不吉に響き続けていた。
葬式が終わった後、女たちは家へと帰り、男たちは誰からともなく村唯一の酒場へと向かった。これからフランクのために新しいワインを開けるのかもしれない。皆でビール用のジョッキになみなみと注ぎ、煙で燻された天井に掲げるのだろう。私はそのまま家に帰りたくなかった。姉の泣き顔と、母の言葉に向き合いたくなかった。私はくるりと向きを変え、男たちの後にひっそりとついて行った。重苦しい空気に包まれているより、酔うような酒の匂いに紛れていたほうが気が楽だ。
黒ずんで傾いた、酒場の扉の前に立つ。普段なら昼夜を問わず男の声が漏れているのに、今は静かだった。しかし扉の向こうにはたくさんの気配がある。沈鬱な気配だった。私は深くローブのフードをかぶり、少しだけ扉を開けた。隙間から中に滑り込むと、煙と葡萄の匂いが漂い鼻腔を覆う。
無秩序に並べられたテーブルと椅子。曇ったガラスと、安っぽいシャンデリアはうっすらと埃をかぶっている。店の端には大きな暖炉があった。喪服姿の男たちが、ばらばらと椅子に腰かけて酒をあおっていた。じろじろと無遠慮に注がれる視線を無視し、私は古びた木のカウンターへ向かう。
「エミリア」
そっとささやくと、ジョッキを並べていた彼女はすぐにこちらへやってきた。ベンチに腰掛け、そっと銅貨をカウンターに滑らせた。
「私もワイン」
エミリアは銅貨の上に手を置いて、静かに首を振った。
「だめよ。あなたの歌を聞きたい気分じゃないの」
「――酔っぱらったのなんて随分昔のことでしょ」
エミリアは勝手にカップにシードル(りんご酒)を注ぎ、私の前に置いた。アルコール度数の低い飲み物で、子供でもよほど大量に飲まなければ酔うことはない。ため息をつきながらも、私はシードルに口をつけた。
「それにしても男ときたら。フランクを弔うためとか言って、お酒ばっかり飲んでるんだから」
エミリアが言い、私はフードの陰から男たちを眺めた。眉間を険しく寄せて、誰一人口を利かない。すでに空になったボトルがいくつも並べられ、そろって赤ら顔をしている。確かに、弔いの限度を超えている気がした。
「みんな不安なのよね。急に大狼が現われて、フランクが死んで」
エミリアがしみじみと言った。
「……これからどうなるのかしら」
沈黙が広がる。
「なんでフランクが死ななきゃならなかったんだ」
突然、店の中に大声が響いた。びくりとして、エミリアがぱっと顔を向けた。
「なんで
アルフレッドだった。真っ赤な顔をさらに赤く染め、大声で叫んでいる。周りの男たちも悔しそうに唇を噛み、彼を止めようとはしなかった。
「……なんでだ。なんでだ。俺たちが何をしたっていうんだ」
アルフレッドの目から涙が飛び散る。胸が苦しくなり、私は浅く息を吸った。まるで、五年前のようだ。人が殺されるたびに村人は泣き叫び、泥水をすするような慟哭を繰り返した。死の恐怖におびえ、次は誰が殺されるのだろうととりとめのない不安を抱え、自ら命を絶つ者まで現れた。またその生活が始まるのか。
「アルフレッド、気をしっかり持つんだ。フランクもあんたがそんなんじゃ、哀しいだろう」
年かさの男がそう言い、そうだそうだと賛同の声が起こる。
「エミリア! ビールをおごってやれ」
誰かが叫んだ。エミリアは何も言わない。ただ素直に、ビール瓶を持ってテーブルへと向かった。
空が紫に染まっている。美しいけれど、哀しい色。私は早足に帰路につく。薄闇に沈んだ私の家は、憂鬱にうなだれて見えた。鮮やかに咲き誇る花の間を抜けて、家に入る。ろうそくの明かりが、小さな部屋の四隅に闇を作っていた。
「ルビー、遅かったのね」
姉が明るく言った。私は小さく微笑み、ローブを脱いだ。
「ごめん。お母さんは?」
姉は火にかかったスープ鍋を覗き込みながら、ちらりと笑った。
「寝てるわ。疲れたんですって」
私はそっと姉の顔を覗き見た。かすかに憂いを含んだ影が落ちているものの、姉の目は明るい光がともっていた。ほっとしながらも、一抹の不安を覚える。
「姉さん、大丈夫なの……?」
姉はふっと笑い、顔を上げる。
「ええ。知っていると思うけれど、フランクが好きだったの。だけどね、彼の顔を見ていたら、なんだか――。もちろん後悔はしてる。気持ちを言えないまま、あの人は逝ってしまった」
いたずらっぽい顔で、私を見た。
「お母さんの言いなりになっちゃだめよ。好きな人がいるんでしょう? その人と一緒にいなきゃ」
幼い子供にするように、私の頬をつつく。
「応援してる。家のことは私が何とかするから」
「――姉さん。ありがとう」
二人で笑いあう。私は姉の手から木杓子を受け取った。
「後は私がするから、姉さんは休んでて」
「ふふ。そう?」
姉はいつだって優しい。おっとりとした性格で、声を荒げたり突然怒り出したりしない。口答えをせず、素直に従う性格のせいで、母や近所の女性たちにずげずげとものを言われることも多い。それは彼女らが、姉は何事も己の内側にため込む性格で、決して爆発しないと知っていたからだろう。対照的に、幼いころから「女らしくない」女だった私はいつも姉と比較され、呆れられていた。
スープが煮立たないように気を付けながらゆっくりと混ぜる。久しぶりの、ほっとするような家族との時間だった。
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