第51話

第51話


【夢術管理協会/ 竹花楽都side】


「ゔゔゔうぅ……良かったぁ……無事で良かったよぉ……」


本日何度目かの言葉と涙。


ビールの大瓶片手に、先輩が机に崩れ落ちた。


「……すみません、お冷一つお願いします」


俺は彼女を尻目に店員さんに注文する。


「本当に心配したんだからね"……ぇ」


「先輩、今何杯目ですか?」


俺は冷ややかな目で彼女を見遣る。


「……3杯目?」


その視線に気が付いてないのか、彼女はやたら能天気に答えた。


正解は、5杯目だ。


大きいビールジョッキ、5杯目だ。


「はぁ……」


俺はため息をつく。


人いきれの居酒屋で、俺はこの能天気すぎる先輩と向かい合って座っていた。


いつもは飲んでもそこまで酔わないのに、どうして今日はこんなに泣き上戸になっているのだ、この人は。


先ほどからずっと、ズビズビと鼻を鳴らしている。


「だぁってぇ……後輩くんが無事に任務終えれたんだよぉ……?

そりゃあ泣きもするよぉ」


彼女は今度こそ机に突っ伏した。


寝る気か。


だが、俺の予想とは違って彼女は小さな声で切り出した。


「……後輩くん、お姉さんとは仲良いの?」


「……」


どこかいじけたような彼女の質問。


俺は言葉を選んで返した。


「実家に帰った時に会うくらいですね……まぁ、仲は悪くはないと思います」


「ふぅん」


実際のところ、それは仲が良いと言えるのだろうか。


この10年の間に、姉は実家を継いでいた。

既に結婚も済ましていて……余計に俺と遠い存在になったと思う。


俺の劣等感は消えないままだ。

むしろ強くなったかもしれない。


それでも……まぁ……姉も人間なのだと思うようにはなった気がする。


完璧超絶人間で、やっぱり俺は姉がどこか好きになれなくて。

だけど、心呂だって人間なんだな。


そう思うようになった。


「それなら良いんだ、私は」


「……」


先輩の言葉の意図が分からなくて、俺は黙って自分のグラスに目を落とした。


その中では冷たい麦茶が回っている。


「後輩くん———楽都くん」


彼女は突然顔を上げた。

俺の名前を呼びながら。


彼女はへらりと笑う。


「お酒飲んでみない?

……もうコーヒーを飲み続ける必要なんてないんだから」


……分かっていたのか。


俺はグラスを持つ手に力をこめた。


「……酔いどれなのに、感が鋭いのは健在なんですね。酔いどれなのに」


「えへへぇ」


皮肉のつもりで言ったのだが、ダメだ。

通じてない。


——俺がコーヒーを飲む理由は、ただ眠りたくないからだった。

眠って仕舞えば、あの夢に落ちてしまう。

そのことが怖かった。


別にコーヒー好きだからとか、そういうわけじゃなくて……ただ飲まなきゃやってられなかった。


「——いや、それはいらないです。

誰かさんみたいな酔っ払いになるのは嫌なので」


俺は一気に麦茶をあおる。


喉に流れ込むそれは、コーヒーよりも甘い。


……人を好きになれない。


そう俺は言った。

それだけ過去に縛られていたから。


だけど、今なら。

——もしかしたら、今なら。





少しだけ誰かを好きになれるかもしれないな。


……なんて、考えてみただけだけれど。













逆夢の獏は夢を見ない——終





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