第49話

第49話




……俺に何を見つけろって言うんだ。





「沙夜子先輩を……あの時みんなで笑えた日を探してほしいのだよ」


……千恵里なら再現できただろ。

わざわざ花瓶なんてなくても。沙夜子を探さなくても。


「先輩、人間が最初に忘れるものが何だか知らないのだ?」


……はぁ?


「声なのだよ。

……ねぇ、先輩。

忘れちゃった……忘れちゃったのだよ、ボクは。

沙夜子先輩がどんな声だったか。

遠くの昔すぎて、忘れちゃったのだよ」


……。


「だから、先輩と藤先生を巻き込んだ。

探して欲しかったのだよ。

忘れて行かない様に、あの日を」


……お前、自分勝手だな。


「先輩に言われる筋合いはないのだ」


でも、俺はもう——戻る気はない。


「……」


……俺は今を生きている。

だから……もうあの頃には戻れない。


「——駄目だよ」


……分かってくれ。


「駄目なのだよ。

ボクは皆んなで幸せになりたいだけなのだよ。

ねぇ先輩——ボクと一緒にいようよ。

夢の中だけで良い、だから」


……言っただろ。

俺は今を生きてるって。

俺はもう——もう子供じゃ


「どうして……?

なんでそんな酷いことを言うのだよ……?

許さない。許すわけがない。

先輩一人だけが、ボクらを置いていくだなんて」


……俺だって本当は。


本当は、ずっと夢を見ていたい。


俺は言葉を飲み込んだ。


俺はどうしようもなく大人で、一高ワン子はどうしようもなく子供で。

俺たちの間には超えようのない壁がそびえ立っていて。


戻りたいのは山々だ。


でも、が……手を離させてくれないから。


——ごめん、一高ワン子

お前の知っている俺は、死んだんだ。


一高ワン子の姿が揺らぐ。


その一瞬後……俺は、やっと

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