第48話


第48話


「ふ、ふっふーーん……どうなのだよどうなのだよ」


自慢気になりたいのだろうが、声が震えていた。


放課後、俺の席の前に現れたのは例の“一高千恵里”とかいう少女。


「……お前、よく三年の教室入れたな」


言いたい事が渦巻いて、結局初めに口をついたのはたわいもない事。


周りから何故ここに一年生がいるんだ、とでも言いたげな好奇の目が向けられている。


気づいているのに、彼女は気づかないふりをしていた。


「そっ……そんなことはどうでも良いんですよ!

それより先輩、ボク、約束守りましたよ」


ビシッと彼女は俺に指を突きつける。


条件を満たしたからなのか、随分と今日は強気だ。


……いや、これで駄目ならどうしようもないからこそ焦っているのか。


「はぁ……」


あいにく、沙夜子はもう帰ってしまっていた。


口から漏れた溜息が、煩わしい。

煩わしくて、言葉が落ちた。


「俺のこと好き勝手 利用つかってまで、そんなに部活やりたかったのかよ」


声色に、彼女が固まる。

明らかな動揺。


内心しまったとは思った。


物言いが悪かったとも思った。


だけど、どこか焦燥のような怒りを感じていたのも事実だった。


「アルバムは藤先生から借りたんだろ。

事情聞けばそれくらいやりそうだし。

俺を引き合いに出せば沙夜子が来ると思ったか?

そうだよな。その通りだったよな、実際」


俺が言葉を吐くたびに、少女の顔が引き攣っていく。


怖いだろ。


自分のしたことが否定されるのは。

お前が俺にした事はそういう事だ。


少女にとっては理不尽だろう。

だが、そんなこと知ったこっちゃない。


「悪いけど、俺はやっぱお前には協力できねえよ」


俺は自分の鞄を掴んだ。


「そうやって」


彼女は呟いた。


「そうやって、先輩は逃げるんですね」


自分の指先がピクリと動く。


俺は彼女を睨む。

彼女は俺から目を逸らしていた。


「沙夜子先輩、あっさり“学校に行ってみる”って言ったんですよ。

私がまだ10分も話していないうちに」


俺は鞄を握りしめる。

強く、骨が軋むくらいに。


彼女の唇は動き続けた。


「沙夜子先輩は、ただキッカケが欲しかったんです……!

ただ“一緒に行こう”って言ってくれる人が。

私が先輩を利用したっていうなら……先輩は行動すらしてないじゃないですか!」


「黙れよ!」


俺は机を殴りつけた。


「黙れよ……行動したんだよ、俺も!

沙夜子が帰ってきやすいように、噂の火を消して回った。あいつを虐めてた奴らを特定して学校にも言った。あんまりにも対応がないから、奴らに直接ケリをつけに行った!

それ以上何をやれっつうんだよ!」


もう一度、机を強く殴る。


ガタンという音の後、沈黙があった。


「……ほらぁ」


長い間の後、少女は顔を歪めた。


泣いていた。


溢れんばかりに目を濡らして、彼女は笑った。


「先輩は、ぜんっぜん沙夜子先輩に寄り添ってないじゃないですか」


「……っ!」


手が出そうになったのを、必死に抑える。


駄目だ、殴ったら。


深呼吸。

激昂した感情が、ゆっくりと静まっていく。


「……お前は運が良かったんだよ。

ただ会いに行ったのが沙夜子にとって良かっただけ。

……嫌がる人だっていんだろ」


そう言いながら、俺は椅子に腰を落とした。


やっぱり彼女と目は合わない。


「やってみないと、分からないのだよ」


バツが悪そうに、少女は言う。


「やってみないと」


彼女は辿々しく繰り返す。


俺は鼻で笑った。


「……はん、やってみないとか」


それで出来なかったらどうするんだよ。


世の中には何をやっても誰かに勝てない奴だって居るんだ。お前は知らねえだろうけど。


「竹花くん、千恵里ちゃん?

——どうしたの?」


教室の扉から、声が聞こえた。


「さ、沙夜子先輩」


千恵里が怯えた様な声を出す。


「忘れ物しちゃって……駄目だよね、久しぶりの学校は慣れないなぁ……あはは」


乾いた笑いを漏らしながら、沙夜子は俺のそばまで来た。


「……」


俺は彼女になんて声をかければ良いか分からず、ただ黙っている。


「あ、えっと……それでなんだけど」


どこかぎこちなく、沙夜子が話を切り出す。


「あのさ、千恵里ちゃん。

入部届って……もらえる?」


「「え」」


思わぬ言葉に、千恵里と俺の声が重なる。


視線から逃げる様な笑顔が沙夜子に浮かぶ。


「私、千恵里ちゃんと一緒なら……部活したいなって。

……竹花くんも、出来るなら一緒が良いけど……」


千恵里が喜びで息を吸う音が聞こえた。


話を聞かれていたのだろうか。


彼女の表情からはそれが読み取れない。


「本気かよ」


俺は勘繰る様に尋ねる。


しかし、彼女は頷いた。


「そうだよ、本気」


……勝てない。


その瞬間、悟った。


勝てない。完敗だ。


俺の知らない間に、沙夜子は1人で進んでいたんだ。

それに俺が気づけなかった。


それだけ。


「……良いよ、入ってやるよ」


俺は諦めて言った。


勝てないのなら、勝ったやつの願いを聞くのは当然なのだから。


「え……え……本当…!?」


辿々しく、千恵里が飛び跳ねる。


「やったぁ……やったあ…っ!」


——この時、何で千恵里はこんなに喜んでいたのか。


その時は分からなかった。

……だけど、今なら分かるよ。


俺は目をそばめた。


そうだ。こんな時期もあった。


これは——千恵里にとって、この時が最初で最後のチャンスだったんだ。


夢術管理協会に入った今なら分かる。


千恵里は幼少期からずっと夢術が不安定だった。

長くは生きられないだろう。もって20歳。

少なくとも、外に出すことはできないだろう。


そう判断を下され、ずっと協会内で隔離されていたのだ。


中学校に通えたのは、千恵里が死ぬ気で訓練を頑張ったから。

どうにかコントロールできる様にして、どうにか日常生活に支障が出ない段階にまでしたから。


何か起きたら即再隔離となる。

その条件で、試験的に1年間中学校に通うのを許されたからだ。


……あぁ、今なら分かるのに。


「見つけて欲しかったのだよ」


千恵里の声がした気がした。


「見つけて欲しかったのだよ、あの頃を」

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