第12話
第??話
教室の絵を描け。
そう言われたら、俺だったらどうしただろうか。
黒板、教卓、机、椅子———
それはまだ描けるかもしれない。
でも人は?
友達。
クオリティを問わなければ描ける。
先生。
まぁ描けるかもな。
知人。
朧げだけど——問題はない。
———知らない人。
描けるはずがない。
そうだ、彼女がこの学校の全員を把握しているわけがなかった。
だから代わりに花瓶を添えることしかできなかったんだ。
それから、彼女にとって邪魔な人も。
俺は自分の教室から飛び出していた。
どの教室にも人の姿はない。
一人も、一人たりとも。
廊下を駆けながら、俺は考えていた。
沙夜子の死を認めてしまえば、俺は気づいてしまうから。
藤先生だって——彼女にとっては最早人形も同然だった。
実体がなくなった後に残った、記憶の人形。
「早く……醒めろ!」
俺は叫んだ。
それでどうにかなる訳じゃないのに。
思い出したんだ。
思い出してしまったんだ。
この場所のこと。一高のこと。
俺のこと。
「醒めろ……醒めてくれよ……っ!」
——ここは現実なんかじゃない、ただの夢だった。
時間の止まった、あの日のままの。
体育館棟への鍵は閉まっていなかった。
それどころか、俺を迎えたのはボロボロの扉だった。
転がり込むように、俺は体育館棟に駆け込む。
沙夜子の死体があったはずの階段。
そこには骨だけが落ちていた。
「……」
俺はその場で膝をつく。
見下ろした自分の手は、さっきまでよりも一回り大きかった。
着ていたはずの学ランは、本当はスーツで。
俺はもう学生なんかじゃなくて。
沙代子が死んだ日から、本当はもう10年も経っていて———
毎晩、俺は一高の夢を見させられていて。
「醒めろよ……」
その事実さえ、夢だったら良かったのに。
……10年前、沙夜子は死んだ。
あの日、学校にスーツの大人達が何人もやって来た。
見慣れない人達に、尾鰭をつけた噂が生徒達の間を駆け巡った。
その噂のどれもが単なる憶測であって、結局はそのどれもが間違いだった。
誰が想像しただろう。
彼らが一人の生徒を拘束するために来た“夢術管理協会の職員”だということを。
真っ黒のスーツの軍団を呼んだのは、藤先生だったらしい。
恐らく精神的な不安によるものだろうが、いずれにしろ学校生活を継続するには危険とみなされた。
後々聞かされた理由はそういうものだった。
だが、当時の何も知らない俺たちにとって、スーツの大人達が
……いや、本当に俺にそう見えたかは覚えていない。
だが少なくとも、沙夜子の目にはそう映ったらしい。
「や、やめて下さい!」
震えた叫び声を覚えている。
自分より遥かに高い背の大人達に、沙夜子は縋りついた。
……ここで。
階段上で。
「……金花君、これは一高君のためでもあるんです」
だから、その手を離してください。
淡々とした声で言う藤先生。
初めから諦めていたように黙って黒服に囲まれる
……俺は、何もしないでいた。
無駄だよ、沙夜子。
きっと、俺たちの手でどうにか出来ることじゃない。
当時、
それでも子供にどうにかできる事じゃない事は悟っていた。
「でも……でも…!」
普段は寡黙な彼女が、泣き叫ぶ。
藤先生が顎で“もう行け”と合図した。
困惑した様子の職員達が、ゆっくりと動き出す。
例えば、そこで沙夜子が引いていたら。それでもなお縋り付くような事をしなかったら。
例えば、そこで職員の一人が彼女の手を振り払わなかったら。
例えば、ほんの少しだけ沙夜子の位置がズレていたら。
……たられば話を、回想に持ち込んじゃいけないことは分かっている。
それでも、その“たられば”だったら、ここに沙夜子の死体はなかった。
運が悪かった。
本当に運が悪くて、沙夜子はバランスを崩した。
華奢な彼女の身体は、宙を舞う。
ああ、そうだった。
そうやって、彼女は死んだんだった。
……それを見てしまったから、獏は生まれたんだ。
俺は振り返る。
黒い渦だけが、そこにあった。
「そうだよな———
獏は、彼女だ。
ただ“感”の夢術者っていうだけで、不運で暴走しただけで、もう人でなくなってしまっただけの、一人の少女。
10年前から夢を見続けているだけの、人間だ。
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