第11話


第??話


何故防火扉の鍵を姉は持っていたのか。


鍵を閉めたのは誰なのか。


疑問は尽きない。


だけど、“前回”を俺に繋ぎ止めたのはこの鍵だ。


その確信はあった。


心呂が俺に手紙ごと渡してくれたおかげで、きっとその存在が俺の中に深く残ったのだろう。


俺の深層心理には、多分いつも心呂がある。


その中に落とされた手紙は、ループを越えたんだ。


振り返った俺は、一高ワン子の顔が歪んでいる事に気づく。


多分彼女の言う“ループ”の中では、この扉が開いたことはなかったんだろう。


その顔に浮かぶ不安と焦燥が、それをよく表していた。


廊下の奥には、黒いものが渦巻いている。

もうすぐここも飲み込まれるだろう。


「……行こう」


もう一度だけ俺は言って、扉を開いた。


扉の奥を右に曲がると、1階に続く階段がある。

1階の体育館のすぐ横には、外へと続く玄関もあるはずだ。


幸いなことに、階下は黒に飲み込まれていないようだった。


俺は扉の先で右を向いて___



そして、固まった。


「……さ」


絞り出した声は、声の形を成したかわからない。

それくらい掠れていた。


薄暗い階段が、俺たちに口を開いている。


階下に続く闇が。


踊り場にある小さな窓からは、赤い光が差し込んでいた。


……赤いのは光じゃ無い。


光じゃなくて、踊り場が赤いんだ。


白いはずの階段に、点々とつけられた赤い色。


地面に横たわるの細い四肢は、人間じゃありえない方向に曲がっていた。


黒縁の丸い眼鏡は、ひしゃげて転がっている。


魚のような濁った目は、俺を睨んでいるよう手間何も見ていない。


……彼女はただの記憶なんじゃなかったのか。


藤先生が俺たちを騙すために作った虚像なんじゃなかったのか。


それを否定するように、目の前の実体はありありと赤い色を映し出していた。


「沙夜、子」


掠れた声で、彼女の名を呼ぶ。


返事はない。


階段下で、彼女は


俺はいつの間にか膝をついて顔を覆っていた。

しゃがみ込んだことを忘れるくらい、俺の頭は真っ白だった。


階段に落ちる俺の影の横に、もう一つ影が重なる。


一高ワン子のものだ。


懐いていた先輩の死体が転がる階段。

彼女の目に映っているのはそんな光景だろう。


「……先輩」


一高ワン子の声は、やけに落ち着いていた。


機械のように何の感情もこもっていない声。

それは逆に俺の恐怖を増強させた。


俺は恐る恐る顔を上げる。


「一、高……?」


俺の横に、彼女は立っていた。

眼窩は黒く……光の無い目で。


「やっぱり……ダメかぁ」


残念そうな言葉とは裏腹に、その言葉は平坦だった。


「……っ、ぅ」


俺の背筋を這い上がったのは嫌悪感だった。


デジャブ。


俺はこの目を見たことがある。

どこで?

——前回の、藤先生の目。


既視感の原因はそれか?


いや、それだけじゃないはずだ。

一回味わった“トラウマ”というにはあまりにも鮮明な嫌悪感。


「何度やってもダメなのだよ。

何度やっても、何度やっても——先輩はいっつも愚か」


その唇がほんの少し持ち上がった気がした。

こもっていたのは、嘲笑というよりも憐れみだ。


目の前にいたのは、一高千恵里のはずだった。


「愚かで……どうしようもなくのままなのだよ」


目の前が歪む。

ぐにゃりと飴細工のように溶けた世界で、黒い塊だけが俺を見下ろしていた。


一高の声でが耳の奥に響く。


「もう、次こそは」


——駄目だ。


俺は反射的に思っていた。

駄目だ、このままじゃだ。


俺は必死に手を伸ばした。


夢術:無———


盛春に触れた時のそれを、思い出す。


一高を消す訳じゃない。

だってそもそも、 これこの夢術は人を消すだなんて大層な力じゃない。


俺の夢術は………






















目の前が、暗転した。





















* * *





【????/竹花楽都side】


ガタン。


鈍い頭痛で目が覚めた。

俺は重い頭をもたげる。


……俺の教室。


僅かに霞んだ視界で、俺は辺りを見渡した。

どうやら俺は自分の机に突っ伏して眠っていたらしい。


朝のはずなのに、辺りからは少しも音が聞こえない。


そりゃあそうだよなぁ。

俺はどことなく納得していた。


そりゃそうだ。音が聞こえるはずがない。


——もう、俺しか居ないからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る