第13話 トパーズと地下道


 港区、あるビルの屋上。


 私、サン・トパーズは、サファイアからの連絡を受けて、西区に向かおうと思っていた。

 しかし、比較的ひと気のないその夜の街で、私は自分と同じ学校の制服を着た生徒を見かけた。


「ん……? あの子、もしかして……」


 その派手なピンクの髪は、遠くからでもよく目立つ。間違いなく、河菜るりなだ。


「あの女……こんなところで何を?」


 私はどうしてもるりなのことが気になった。るりなは、周りを気にしながら、大通りをまたぐ地下道にすっと入って行ったところだった。


 その地下道は大きな通りを渡る通行人の為にあり、階段を降りてから通りの幅を進み、また階段を上がれば向こう側に着くという一本道の簡単な造りだ。


 しかし、少し進めば交差点もあるということで、その地下道をわざわざ使うような人はあまりいなかった。


「怪しいわね……」


 それだけに、なぜ河菜るりなが、以前発見された住宅街とも全く違うこんなところで、その地下道に入って行ったのか、私は気になった。


 魔法少女を襲う犯人は、おそらく、私と同じ水之江高校の生徒だ。そう言う意味では、河菜るりなだって当然容疑者の一人だ。


 それに、るりなはサファイア、つまりまことに事あるごとにベタベタとくっついては私の邪魔をする。サファイアは私だけの天使なのに。他の誰にも汚されてはいけないというのに、あの女はずかずかと私達二人の関係性に踏み入ってくる。


 そんな私情もあり、私は思わず、サファイアへの連絡も怠って、河菜るりなを追いかけてしまった。


 大したことはない。そうやってほっつき歩いている不良少女だということさえわかれば、私はサファイアにあの女には近づかないほうがいいと告げるだけだ。


 私はできるだけ音を立てずに、地下道の入り口に着地した。

 私が下を覗くと、るりなは階段を降り切ったのか、ちょうど曲がり角を曲がって、地下道へと入っていくところだった。


 私は階段を数段飛びで駆け降りて、地下道に入った。

 すると、あり得ないことが起きた。


 どんなに急いでいても、時間的に地下道の半分までも進めないはずの、るりなが、既に地下道の向こう側の階段の前にいて、こちらを見ている。

 遠いが、あの制服を着てあの髪の色をしている人物は他にいない。


 そしてもう一つ、奇妙なことに、地下道をOLらしきスーツを着た女性が、珍しく歩いていた。

 入っていったところを私は見なかったが、るりなに猛スピードで追い越されたのなら絶対おかしいと思うはずだが、何も気にせず私の前を、後姿を見せて歩いている。


「待ちなさい!」


 私は思わずるりなにそう叫んだ。


 その瞬間、バキバキバキ! とOLの通行人のすぐそばの地下通路の壁が割れ、幾本もの触手が飛び出し、女性に襲い掛かった。


「なっ……! アビス⁉ こんなところに!」


 女性は腕、腰、足に一瞬にして触手に巻き付かれ、現れた肉壁に猛スピードで引っ張られていく。その隙に、るりなの姿は見えなくなった。


「きゃああぁーーっ」


「デュアルファルコン!」


 私は武器……白い二丁拳銃を呼び出し、女性を掴んでいる触手の根元を素早く撃ち抜く。

 女性は引っ張られる力が急になくなり、かくんとその場に倒れる。


 私は素早く駆け寄る。


「地中のアビス、ということはネストがあるということ?」


 そう考えていると、なんと地下通路の壁全てに、パシッとひびが入った。


「まずい……!」


 壁、天井、床、そのすべてが崩れるようにして、勢いよく触手と肉壁が飛び出す。

 一瞬にして、地下通路がネストのようになった。私はとにかく女性を助けようと、触手を撃ち抜きながら近づく。しかし数が多すぎ、次第に避けるだけで精一杯になる。


「く、くそ。駄目よ……! 逃げて!」


 しかし女性は怯えたまま座り込んでしまい、私が近くの触手を避けるのに手間取っている間に、触手に再び掴まれてしまった。


「きゃあぁぁぁーーっ!」


「駄目……! やめて!」


 私の叫びも空しく、女性は素早く肉壁に空いた穴に取り込まれて行ってしまった。


「くっ……! 仕方が無い。一時撤退!」


 私は後ろを振り返った。しかし、その瞬間、階段につながる空間に爆発的に肉壁が押し寄せ、出口を塞いだ。それなら正面だ。そう思って前を向き直ると、なんと反対側も同じように、出口が塞がれていた。


 私のデュアルファルコンは銃だから、壁の様に質量があるところを崩すのは得意ではない。


 出口を塞がれた、肉壁と触手だらけの通路。


 この閉鎖空間で、触手たちは蠢き、たった一人の獲物である私を狙っていた。


「いいわよ……やってやるわよ! 全部……全部ぜんぶ、撃ち抜いてやる!」


 私は罠にはめられた怒りを感じながら、二丁拳銃を構えた。


 がむしゃらに、自分に近い物から、ひたすら銃弾を撃ち、活路を切り開こうとしたのだった。




 ……もうどれくらいの触手を無力化しただろうか?


 どれだけの時間が経ったのだろうか?


 私の指が、デュアルファルコンのトリガーを引くのに、疲れを感じ始めてから、かなりの時間が経った。それでも、触手は次々に生えてきて、全くなくならなかった。


「なんなのよ……なんなのよこれはぁ!」


 触手が足に纏わりつく。私はそれを焦りながら撃ち抜く。

 すると次は腕に巻き付いている。撃ち抜く。

 反応速度がかなり遅くなってきている。


 弾は実弾ではないから弾切れはないけれど、魔力も無限じゃない。


 私の意識は朦朧とし始めていた。


 すでに、飛び散る粘液によって、魔法少女の美しい衣装は、ボロボロになり始めていた。男の身体は溶かすのに、女の身体は溶かさないという、忌々しい粘液。


「あっ……!」


 触手が素早く襲い掛かったのに、私は反応できなかった。

 胴にもろに横なぎの一撃を食らい、私は痛みに悶えて転げまわる。


「痛っ……かはっ……」


 その隙を触手は見逃さない。

 私の足を、手を、触手が掴む。

 ぬらりとしているくせに、どこかざらざらともした感触。気持ち悪い。


「くっ……」


 腕を拘束され、デュアルファルコンを使う事を封じられる。

 まるで獲物を取り合う様に、触手達は右に、左にと私の身体をもてあそぶように引っ張った。


「ぐああぁっ!」


 その度に、引き裂かれるような痛みを感じる。

 こいつら、遊んでる。

 私が魔法少女で、頑丈だと分かっているから、敢えてやっているのだ。


 触手に巻かれた部分から、じんわりと痺れが広がり、力が抜けていく。

 体が熱い……火照るような感じがする。


「サファイア……サファイア助けて……」


 私はうわ言の様に繰り返す。

 ただ一人の私の天使の名前を呼び続ける。


 きっと彼女が、来てくれると信じて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

TS魔法少女 VS 深淵触手 VS 百合女 八塚みりん @rinmi-yatsuka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ