第12話 VS ヒル型


「うわぁ……エライことになってるぞ? どうしたらいいんだ? アレ」


 少女はいくつものヒルのような触手に身体じゅうに取りつかれて、身動きできなくなっていた。気持ち悪すぎる。


「ヒル型アビスは、一匹見つけたら数千匹いると思った方がいいですよ。あれは身体に吸い付き、衣服を溶かすとともに、身体を痺れさせて自由を奪っていきます。くっつかれないように気を付けてください」


「数千……? 正気ですか?」


 俺は少女に近づき、バトンセイバーを構えて刃を出す。そして慎重に、少女に着いたヒルをそれぞれ切り払った。


 光の刃に焼かれると、ヒル型アビスたちは痛そうにのたうち回り、ボトボトと剥がれ落ちた。俺は服がボロボロになった少女を抱き上げると、跳躍して遠くに離れ、ビルの屋上にその子をゆっくりと降ろした。


「災難だったね。もう大丈夫だよ」


「あな……たは……?」


「ブルー・サファイアと申します。よろしくね。じゃ、後で迎えに来るから、じっとしてて」


 そう告げると、さきほど少女が襲われていた夜道まで戻った。すると、すぐにヒル型アビスが草むらから飛び出して飛びついてきた。


 咄嗟にそれを切り払ったが、次々に同じヒル状のアビスが飛びついてくることに気づいた。


「オイオイ⁉」


 いくつかのヒルを斬り、後退すると、着地した時点の地面がぐにゃりと凹んだ。


「なっ……⁉」


 地面が凹んだわけじゃない。足元にいたヒルに躓き、転倒した。すると背後にいたヒルが次々に身体にまとわりついてくる。ピリピリと肌が違和感を伝えてきて、だんだんと動きを阻害し始める。


「サファイア、可及的速やかにヒルを取り外してください。部分ごとに麻痺して、じき動けなくなりますよ」


「うおい、何だコイツ! えげつないじゃないか!」


 跳躍して大量のヒルたちから距離を取ると、身体に着いたヒルたちを必死で取り払った。そんな時、一匹のヒルがふとももの内側に潜り込んでくる。


「ひぁッ⁉ なんつーとこに入ってきやがる!」


 全身でもかなり敏感で人に触られることのない場所に気持ちの悪い感触が走り、必死で引きはがして空中に放り、すぐに叩き斬った。


「で、どうすりゃいいの⁉」


「斬ってください、全部」


 最早、道を埋め尽くす程の勢いで、何百匹ものヒルがこちらへうぞうぞと蠢いて向かってきていた。


「怖えぇーっ! でも、そうやって集まってりゃ、かえって簡単だ!」


 そう言い、バトンセイバーを突き出すように構える。


「全部突き刺せ! ブリリアント・サファイアソード!」


 するとバトンセイバーは何倍もの長さまで伸び、強い光を放った。槍のように伸びた刃に引き裂かれ、いくつものヒルが宙を舞う。そしてそのままぐるぐるとかき回すようにヒルたちを斬った。


「はっはーん、ざまみろ! 今回も楽勝だな!」


「ですから、油断は大敵ですよ」


 レイレイがそう言った直後、足元に忍び寄っていたヒルに顔面にとりつかれて、視界が真っ暗になってひっくり返った。


「んむぅ~⁉」


「言わんこっちゃありません。ほら、はやく引きはがさないと、何百というヒルに全身を犯されますよ」


「んぐぐ……ぷはっ……! いや、犯されるとか、何?」


 俺は顔面に取り着いた一匹を必要以上に切り刻むと、聞き捨てならない言葉を聞き返した。


「以前言ったでしょう? 非公開情報ですが、アビスは男性は溶かして栄養にして終わりですが、女性は媚薬粘液漬けにされて生殖の道具にされるんです。魔法少女なんて身体が頑丈なので、引っ張りだこみたいですよ」


「そこまでダークな話は聞いてなかったと思うけどね……」


「前回のように、殺されるよりマシじゃないですか。少なくとも快楽を感じて一生を過ごせるわけですし。まさに文字通りの快楽主義。負けても気持ちいいなんて、最高ですね?」


「アホくさ。まあ、勝っちまえばなんとかなるってやつだね」


「私の忠告が、サファイアにまともに届くことは無さそうですね」


「そうそう。諦めな。もういっちょいくよ、ブリリアント・サファイアソードォ!」


 そう言って再びバトンセイバーを伸ばすと、わらわらと湧いてくるヒル型アビスたちをケチらして回った。気が付けば足元に忍び寄り、飛びついてくるそいつらから距離を置きながら、集まったところを何度も切り払い、次第に数を減らしていった。


 ……数匹のヒル型アビスがぴょこぴょこと跳ねて近づいてくる。


 最期に残ったそいつらを、それぞれ丁寧に空中ですぱっと切り払い、今回の仕事を終えた。ちょうどその時、アビス対策部らしき警察がパトカーで駆けつけて来た。


「お役所仕事だなぁ……俺が来なかったら、あの子が死んじゃってたじゃんか」


「ですから死にませんよ。ただ地中に連れ去られて、身体じゅうを粘液と触手とヒルで埋め尽くされて快楽を……」


「あーあーあー、いいから。そんな話がしたいわけじゃないって」


 現場を引き継ぐためにレイレイと話しながらそこに立っていると、封鎖を始めた警官たちの中に秋雨を発見した。


「おーい秋雨さん」


「サファイアさん! 今回も大物でしたね。ご協力、感謝です」


「いえいえ、人として当然のことをしたまでですよ。ところで、今回はいくらくらいになりそうですか?」


「本音が隠しきれていませんよ、サファイア。それに人助けというのなら、屋上に置いてきた彼女を助けるべきでは?」


「やばっ! 忘れてた。今行くよ、清楚系っぽい子!」


 素早く跳躍し、ビルの屋上に置いてきた女の子の下に戻ると、ちゃんと女の子はそこにいたが、倒れこんでしまっていた。


「大丈夫?」


「あのっ……私……身体が、熱くてっ」


 女の子はろくに動けないようで、頬を染めて、身体を震わせていた。


「えっと……もしかして?」


「痺れ薬と媚薬を同時に送り込まれたのでしょうね。一般人は、魔法少女程は耐性がありませんから。国の専用の施設がありますから、そこで時間をかけて治療されるはずです」


「……俺、なんとなくで魔法少女やって来たけど、もう少し色々教えて貰った方がいい気がしてきたよ」


「利用規約には同意しましたよね?」


「あんなん詐欺だろ!」


 そんな会話をしつつ、縋りついてくる欲情した女の子を必死で邪念を振り払って抱き上げ、警察のもとへと連れて行った。引継ぎと討伐報酬の手続きを済ませるとその場を離れ、再び背の高いビルの上に着地した。


「おかしい。俺、戦い始める前に、トパーズに連絡したのに、ここまで来てないな……」


「確かに、駆けつけてこないのは妙ですね……」


「港区へ行こう。心配だ」


 援護に来ないどころか、定時連絡も止まっている。悪い予感がしていた。

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