第9話 わん

 俺とひなは、毎日夜、公園に集合して、パトロールをするようになった。


 二人で地区を分担し、こまめに連絡を取り合いながら、それぞれが決めた場所を見て回る。

 変身した魔法少女にとっては、建物の上を飛び回って、区を一つまたぐことぐらい、軽々とできてしまう。定時連絡を欠かさずに送り合い、もし少しでも連絡が来なかったら、すぐに片方が、もう一人が行く予定だった場所へ駆けつける。もちろん、GPSでお互いを追跡もできるアプリも入れた。


 これなら二人一緒に見回っているよりは広範囲を探せるし、片方が危険になってもすぐに察知できる。二人で相談し、納得できる落としどころを話し合った結果、こういうやり方に落ち着いたのだ。


「『水之江駅、パトロール完了。次、県営住宅へ向かう』と。これでよし」


 俺は駅の真横にある高いマンションの屋上から、ひなにメッセージを送る。すぐに既読が付き、無事を知らせ、次の目的地を伝えるメッセージが返ってくる。


「行くかー。それにしてもなかなか尻尾がつかめないな……」


「難航しているようですね」


「おっレイレイ。久しぶりじゃないか」


 夜空に身体を光らせながら、妖精のレイレイが近づいてきた。普段人前では姿を現せないが、夜に変身しているときであれば、こうして普通に話すことができる。


「ローラー作戦だからな。続けることに意味があるんだよ」


「それには同意しましょう。一層励むのですよ」


「わかってますって。それじゃ、行きますよ」


 俺は勢い良く跳躍すると、まるで飛行しているかのような距離を跳び、大通りを挟んだ先の少し背の低い建物の屋上へ着地する。そしてその勢いを殺さずに走り、また次のビルに跳び、街中を素早く進む。


 魔法少女だからといって、少なくとも俺……ブルーサファイアに、空を飛ぶ力は無いようだ。しかしその素早い動きと驚異的な体力によって、多少の距離は軽々飛び越えられてしまう。


「県営住宅に到着。さてと、魔法少女はいるかな?」


 魔法少女を街中で発見することは、無いわけではなかった。そもそも戦っていれば目立つし、駆けつけるとアビスを上手く倒していることが多かった。苦戦していれば援護したし、市内の魔法少女の負傷率が下がったとかで、先日も秋雨から褒められた。


 しかし、戦っていない、魔法少女は今のところ見かけることが無かった。移動中の魔法少女を見つけて追跡しても、その全てがアビスが暴れている場所へたどり着く。残念ながら、犯人への手掛かりは、今日も今のところ無しだ。


「ん……あれは?」


 俺は県営住宅の建物の屋上から、こんな夜に、街灯の下にしゃがみこんでいる学生を見つけた。その服は、明らかに水之江高校のものだ。


 目を凝らすと、目の前には犬がおり、犬とじゃれ合うように手を差し出していた。特に奇妙な点は見当たらない。ただの犬好きな女生徒だろう。そう思って目を逸らしかけた時、変化が起こった。


 なんと、その犬の頭がぱかっとつぼみが花開くように開いて、中から細い触手が現れたのだ。


 アビスだ。


 女子高生は犬型アビスの、目と鼻の先にしゃがみ込んでいる。一瞬のためらいが命取りだ。


「このっ!」


 俺は足にぐっと力を入れ、建物の屋上からその犬型のアビスめがけて猛スピードで跳んだ。空中を高速で移動しながら、太ももにあるバトンを手に持つ。


「バトンセイバー……!」


 そして着地と同時に、経った今バトンから生えた光の刃で、アビスの頭を斬り落とす。


 ズザザーっと着地の勢いを足で殺しながら振り返ると、ボトッと花のような触手の頭が地面に落ちたのが見えた。


 あまりに素早い一撃だったため、粘液の一滴すら飛び散らなかった。アビスも頭が落ちてから、しばらく何が起きたかわからないという感じで動いている。俺はゆっくりとそこに近づき、頭を一突きして破壊した。

 一瞬の出来事に、女生徒は声も上げずに尻もちをついて驚いていた。


 ようやく近づいてこうして顔を見ると、その生徒は自分と同じクラスの、河菜るりなだった。

 河菜るりなは一言で言えばギャルであり、アッシュピンクの巻き髪を見て不良と思う生徒もいるだろうが、根は明るいファッション好きの生徒のようだった。


「蒼井さん……?」


「河菜さ……あ、いや、人違い……」


 最悪だ。失言中の失言。顔立ちが同じなのでバレるのは仕方がないが、しらを切りとおすこともできたはずだ。それなのに、こちらからるりなの名前を呼んでしまった。最早言い逃れはできない。


 隣でレイレイが頭を抱えていた。


「いやいや、蒼井さんじゃん! マジ⁉ 魔法少女だったん? 格好よ~! 写真撮ってい?」


 るりなは命を危険した直後だというのに、いつも通りのハイテンションだった。


「駄目、絶対ダメ。写真NG。お願いだから内緒にして……というか、大丈夫だった?」


 るりなに怪我は無さそうだった。犬の形をしていたと思われたアビスは、明るい所で見れば、細い触手が集まって犬の形となっているだけであり、手足から尻尾まで全て、細い触手で形成されていた。暗がりから出て来たところで見えなかったのだろうか?


 そんな時、なんと、街灯裏の茂みから、さらに二体の犬型アビスが現れた。パカッと頭を花開き、触手を漂わせ、威嚇してくる。


 そして、身体を一瞬縮こませて姿勢を低くすると、一体が猛スピードで跳びかかって来た。


「そりゃっ!」


 俺は素早くそれを避け、空中で胴体を一刀両断にする。そしてそのまま素早く走り、もう一体を蹴り飛ばした。


「ギャンッ!」


 犬型アビスは蹴り飛ばされて住宅の塀にぶつかると、悲鳴を上げながら身体をバラバラの触手に分解させた。俺はそれがばらばらに散って逃げる前に、素早く何度も剣を振って切り刻んだ。


 ブォンブォンという光の刃が振られる奇妙な音と共に、青い光に照らされた塀に、刻まれた触手の体液が飛び散り、跡をつけた。


 バラバラにした過程で、コアは破壊されたようだ。胴体を両断された犬型アビスも、しぶとく逃げようとしていたが、頭にバトンセイバーを突き刺し、とどめを刺した。


 最初の一体と、今倒した二体。それ以上のアビスは見当たらないようだった。


「え~! すごすご! 蒼井さん、何て魔法少女なの⁉」


 るりなは駆け寄ってくると、興奮したようにそう尋ねる。


「ブルーサファイアだよ。あの、一応言わせてもらうけど、クラスのみんなには秘み」


「かっこい~! サファイア、ありがと~!」


 るりなは人の話を最後まで聞かずに、俺の身体に勢いよく抱き着くと、たまらないと言った感じで、ぎゅっと強く抱きしめた。


「お、おい」


 胸と胸が反発し合うように潰れ、やわらかい二の腕に包まれる感触が伝わってくる。アッシュピンクの髪の毛が首に当たり、こしょこしょとくすぐったい。そんな感覚を一瞬で全て感じて、思わず思考が停止した。

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